清野咲也視点

 俺はテーブルに置かれたお茶をすすりながら、畠さんを見た。畠さんには笑顔なんてなく、俺の話を整理しているようである。畠さんの口がつまり、と小さく動くのが見えた。

「いま話したことが、この前来た上司とあったことなの?」

 優しい口調ではあるが、動揺は隠せていない。そりゃそうだ。好きな相手が上司で男でしかも告白したなんて聞けば、驚かないほうがおかしい。うなずくと、いつも笑っていた畠もしかめ面した。

「すみません、こんな話。聞きたくないですよね」
「えー、なに言ってるの? この話は聞きたかったよ」
「え」
「実は好きなひとが会田さんっていうのいつ教えてくれるかなって思ってたんだー。僕は好きなひとに性別は問わないと思うよ。嫌だな、って思ってるのはその室津くんについて」

 畠さんがすらすら話していく様に、次驚くのは俺だった。なんで会田さんが好きとわかったのか、気になったが聞く気にもなれない。畠さんが引かないでくれるなら、それに越したことはなかった。心が広いが沸点は低いので、室津の名を呼ぶとき額に血管がうかぶのが見えて俺はソファーに座っているため後退りできないのでできるだけ遠ざかる。
 俺は室津さんについて、と言われたときはピンとこなかった。なぜかといえば室津さんは一度も間違ったことは言っていないからである。俺がなにも言わないでいると、畠さんは腕を組んだ。

「室津くんは自分をなんだと思っているんだろうね? 僕なら彼を辞めさせら…」
「いやいやいや! いいです、いいですからっ」

 高校の悪夢を思い出して必死に止めると、畠は遠慮しなくていいのにとわらった。それが恐ろしくなり、俺は聞こえないふりをする。畠さんに頼るのは、できれば止めたかった。
(俺、なにしてんだろ。畠さんに相談して。)
 ひとに頼るしか出来ないのか、俺は。そう思うと自分の情けなさが浮かび上がるようで、いやになる。

「この話したいだけです。お忙しいなか、すみません。すっきりしました、ありがとうございます!」
「ううん、聞けてよかったよ。本当に辛くなったら言ってね、すぐに辞めさせるから。いや殺るから」
「あ、あのやるって…」

 漢字が怖い気がするけど、と思いながらもへやを後にすることにした。ロビーに出ると上品なシャンデリアが俺の上に見えて、何度も来ているがやはり自分には似合わないと思う。
(すごくスッキリした。畠さんに話して良かったな)
 今日は休みではないが正直会田さんに会いたくないので勤めて初のお休みをとり、いわゆるずる休みというものをしてみた。まだまだ新人で学ぶことも多いくせになに休んでるんだ、と罪悪感でいっぱいになってはいるが、無理に行き失敗ばかりして迷惑をかけるより数倍良い気がする。一人で家にいてももやもやしてたまらないので、誰かに相談したかったが畠さん以外に浮かばなかった。ましてや畠さんには恋愛の話はしていたし、もう隠すことないと言ってしまったのである。畠さんは口が固いし、なによりも言わないでくれるという自信があった。畠さんの存在が、かなり自分のささえであることもたしかである。だが俺はもうこれ以上頼らないことにした。本当に弱い自分を、消したくてたまらない。
(このあとどうしようかな。一人でレストランでも行っちゃお)
 フラレてしまったのだから少しくらいの贅沢は良いだろうと、給料日なので気前がいい俺はさっそく近くのレストランに立ち寄ることにした。お店に入るとお一人様ですか、なんて聞かれて苦笑いすると窓側の席に通される。平日の昼なので周りには主婦や一人のサラリーマンなどがいて、意外と気まずくはなかった。席についてなにを食べようかとメニューに手をかけると、携帯が鳴りビクリと肩が跳ねる。
 ディスプレイにうつる名前を見るとそこには井島田という文字があった。一瞬、あの人の名前を期待した自分がバカだな、と思いながら俺はすぐに電話に出た。

「もしもし」
『よ。風邪なんだってな、バカは風邪ひかないって言うのにな』
「ま、まぁね。」
『口答えもしないって、お前大丈夫かよ? よっぽどつらいのか。なんなら終わったら看病に…』
「いらっしゃいませー、お客様は何名様ですか」

 井島田の言葉がぴたりと止まった。ウェイトレス、なぜ今大きな声で話すんですか。俺は咳をしながら、辛いんですよアピールをするがきっと井島田は聞いていないだろう。

『…てめー、今どこにいる』
「え、えー? やだな、家に決まってるだろゴホン!」
『ほお、じゃあ今の声はなんだ』
「いや、あのテレビかな」
「お客様、ご注文はお決まりでしょうか」

 かわいいお姉さんがにこり、と笑いながら俺に笑いかけた。それと同時に電話の向こうからただならぬ空気を感じる。低い声で、井島田が笑った。

「今どこだ?」
「レストランです」

 電話越しに、井島田のどこかが切れるおとがした気がする。怒鳴り声が響いたのはそれからすぐのことだった。







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