会田心視点
先日、可愛がっていた男の後輩に告白された。
俺はあのとき、なにも声を掛けることはできなかったがそれは俺が悪いわけではないと思う。なんたって男の後輩が慕ってくれていたと思ったらそれは恋愛感情でした、だなんて驚いてしまうのはしかたない。逆に引かなかっただけましだと思ってほしいくらいだ。
(あいつはゲイだったのだろうか)
と、言うよりいじめられていて俺に優しくされたものだから勘違いしてしまったのかもしれない。それならば考え直してほしいものだが。
告白されたのは一昨日。清野は昨日普通に来ていたがことごとく俺を避けていた。失敗もしていたのだが俺が口出すものでもなく、結局一日話していない。清野が入社してから話さないなんてなかった気がするので違和感はぬぐえなかった。そして今日、清野が初めて休んだのである。風邪とは言っていたが、きっと俺との気まずさから生まれたいわゆるサボりというやつだ。失恋は辛いことくらいわかるし口出すつもりもないが、俺のせいで、というのが気が引ける。
(やはり謝った方が。いや、謝るというのも)
男と男が付き合うのは二人がもともとそういう傾向にあるからであって、俺は本当にそういう気はないので申し訳ないが謝るといったのは違った。
これからどうしようかと考えていると、室津がコーヒーをおいてくれる。
「ああ、ありがとう」
「なんだ、ぼーっとして。お前らしくねーぜ」
「すまない。考え事を」
コーヒーを飲むと相変わらずカフェインの匂いが眠気を遮った。熱いので舌が火傷しそうになるが、ひりひりするだけでその他の痛みはない。
上機嫌になる俺にたいして、室津は俺の返した言葉を聞いて少し不機嫌になってしまった。仕事に真面目なやつだからサボったのが許せないのか。また謝ろうとすると、室津が口を尖らせた。
「あの後輩かよ?」
なんで知っているんだ、と言いたかったが室津が言いたいのは告白なんてことじゃないと思う。きっと俺が清野の話ばかりしていたし、そのくせ室津が来てから先輩ぶりをしていないのを見て心配してくれているのだ。
(こいつは優しいやつだな)
同期という心許せる者が入れるのは気が楽になれる。
「まぁな。でも自立してくれたみたいだし」
「ああ、お前が気にしてたらいつまでたっても成長しない。ほっときゃいいんだよ」
「そう、だよな」
それもなんだか寂しいものだ。恋愛感情で好きだと告白されているのに、まだ清野に執着している俺も俺でなかなかである。
室津に相談したらずいぶんとすっきりしたので、さっそく仕事に取りかかった。今日は清野のことを気にしすぎて捗らなかったので、情けないことに居残りである。ぞろぞろと帰り出す人たちがいるなか、俺だけ腕捲りをしながらパソコンに立ち向かった。その瞬間、横目で井島田が電話をしながら出るのが見える。そういえば今日の井島田はなにかと電話をするためにたち歩いていた気がした。井島田も大変そうで、彼女だろうか。だが舌打ちしながら出ていくのが見えて、彼女にもあんな態度なのかと少し驚いた。
(もしかしたら清野と電話してるのか?)
あいつがあんなに悪態つくのはだいたい清野だ。いまさら云うのも、という感じだが彼は清野を気に入っている。そしてだからこそ態度は素だ。どうなんだろう、本当に清野なのか。思いの外、自分がそのことを気にしているのに気付いていそいで考え直した。もう話さない方がいい、あっちだって話さない、と言ったのだから、話しかければ期待を持たせることになってしまう。悶々と考えていると、室津の視線を感じた。
「ほら、よそ見すんな」
「あ、ああ」
「待ってるから終わったらどっか食べ行こうぜ。気分転換ってやつだよ」
いいだろ、と甘えるような声がして思わず頷く。清野のことは忘れようと思いながら、俺はパソコンと向き合った。
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