清野咲也視点

 俺は何をしても駄目だ。頭は少し良いみたいだけど、技術はない。行動も遅いし、友達にはナメクジ並み、と言われてしまうほどだ。本当は大学に行くつもりが、就職に変えてしまったせいか、何も分からないまま怒られる日々が続いた。もう、嫌だと思った。頑張る力も、失われていく。
 けれど、そんな時、会田さんが助けてくれた。こんな俺に、何も言わずに手を差し伸べてくれた。あの時から俺は、会田さんを慕っている、のに
 会田さんを、怒らせてしまった。いつも迷惑をかけているけど、こんなに言われたことは無かった。無口だけど優しいから、あんなに冷たく言われたことはなくて、
(やっぱり俺、だめだめだ)
 頭を抱えながら、パソコンを打ち込む。そういえば、この打ち込み方やホームポジションだって会田さんに教えてもらった。やっぱり、会田さんはすごい人で、憧れで、俺は
(好きなんだよなぁ)
 最後にエンターキーをポチリ。と押したはずだったのだが、どこを押したのか。前のページに戻ってしまい、今まで打ち込んだものは全て画面からなくなってしまう。

「え、え、えぇえぇぇ!」

 昨日から引き続きに、打ち込んだお引き取り先の個人情報が! ずらずらと並べられた名前が、画面からはとうになくなっていた。
 俺の声に隣の同僚、井島田(イトウダ)が驚きながら、画面を覗き込む。

「あぁ? どうしたんだよ」
「見ろよ、全部消えちゃ…っ」

 泣きべそをかきながら、井島田を見れば、井島田は涼しい顔でカチカチと打ち出した。何をしているんだ、と思えばにやり、と笑いながら画面を指差した。

「馬鹿め」

 画面を見れば、先ほど打ち込んだ文面が載せられている。何故復活したんだ? 俺のクエスチョンマークを無視して、井島田はチョコを口に入れた。
 井島田は二年前に俺と一緒に入ってきたおとこだ。同い年で同僚だというのに、仕事は先輩並み。良く出来ていて、面倒見が良い。失敗ばかりする俺を見るように、と隣の席になったんだけど、嫌味ばかり言ってくる。まぁやさしいのかも、しれないけど…。

「で」
「へぁ?」
「へぁ? じゃねぇよ。その様子じゃ、会田さんと喧嘩したみたいだな。なんでしたんだ?」

(う、勘が鋭い。)
 鈍感な自分との差を見せ付けられたようで悔しく思いをしたが、なんだかんだ言って井島田の助言には助けられているので、話してみた。
 全て話すと、井島田は喉の奥でクツクツと笑う。なにがおかしいのか、こちらは一生懸命だと言うのに。ムカついてもういい、とパソコンに向かうと井島田はまてまて、と肩に手を置いた。

「気にしなくていいだろ、お前なりに会田さんに尽くした結果だろ」
「そうだけど! 俺が良いようにしても、いつも空回りして」
「あっはは、お前ってほんと不憫な。」

 あー、腹痛い。とお腹を押さえる井島田。
(やっぱりこいつに言わなきゃよかった)
 後悔しながらパソコンに向かい、またぽちぽちと地道に打つ。けれどまたエラーになり、井島田の世話になることになった。
 慣れた手つきで半笑いになりながら直していく井島田。その横顔は女の子からも人気のある整った顔立ちだ。切れ長な目付きの会田さんとは違い、たれ目で優しそうな顔。モテるのは、納得なのだが、
(うーん、会田さんと違ってドキドキはしないな)
 きっと俺は、会田さんが好きなんだと思う。先輩としてもだし、男としても。ゲイだなんて自覚は無かったけど、完全に会田さんを見る俺の目は乙女フィルターが掛かっているし、会田さんなら分かる。だって会田さんになら何したって良い、きっと。

「終わったぞ…って、ちけぇな」
「え、あ、ごめん。ありがとう!」
「まぁいいけど」

 おれが色々と考えているうちに、終わらせてしまったらしい。さすがだ、井島田! 感心してると、井島田は頬杖をつきながら、目を細めて俺を見る。なんだと首を傾げれば、井島田はため息をついた。

「会田サンの、どこがそんなにいいんだよ?」
「ばっ、なにいって…!」

 からかいやがって、と思ったが、井島田は真面目な顔を崩そうともしないので、仕方なく答えることにした。

「面倒見良くて、さりげない優しさでいつも助けてくれて。格好よくて、うん、いっぱいあるなぁ」

 指折り数えながら言うと、井島田はあっそ、と言うとファイルを片付けながら興味無さそうに言った。
(なんだよ、そっちが聞いたのに)
 その態度に腹が立って、足を踏めば数倍の力で足を踏まれる。やり返そうとすると、井島田は下を向きながら呟いた。

「俺も、尽くしてやってんだろうが」

 え、聞き直そうとした瞬間、バン、という音と共に俺と井島田の机の間に山盛りのファイルが乗せられる。持ってきた本人を見れば、そこには会田さんが居た。

「あの、あいださ…」
「喋っている暇があるなら、仕事を終わらしてからにしろ」

 ギロリ、と俺だけを睨むと威圧感漂うオーラを出す。え、あ、う、吃らせているうちに会田さんは自分の席に戻ってしまった。
 井島田を睨めば、ファイルを開きながらパソコンに打ち込んでいる。

「う、井島田のばかぁあ」
「人のせいにすんな、ばーか。早く終わらせんぞ」

 前髪をかきあげると、笑いながら言った。今日はヘトヘトになるかもしれない、思いながらファイルに手を伸ばした。







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