清野咲也視点

 井島田が夜食を一緒に食べようといってきたので、なにも考えずにオーケーしたはいいがよく考えれば良かったといまさらになって考える。
「俺はずる休みのお前と違って、いままで仕事して疲れてんだ。食べる所くらい俺の家の近場選ばせろ」
 となんとも俺様な考えを出され仕方なく応じた。たしかに俺に非はあるし、奢ろうかと考えていたほどである。だが、場所がいけなかった。井島田の家は会社に近いので井島田の家の近くとは、すなわち会社の近くとなってしまう。まあ、そんなに会社員とばったり会うなんてことはないだろう、と思っていた。
 まあ、本当に誰にも会わないでこうやって二人で話しているわけだが、近くには居酒屋しかなく、井島田も家の近くだからと調子に乗って彼は夜食というより酒を飲んでみごとに呑まれていた。俺は何度目かわからないため息をつく。

「おい、井島田。もうやめとけって」
「んで、やめねーといけねんだよ! 久しぶりなの、酒、いーじゃん!」
「だめだよ。もう帰るぞ」
「うー咲也クンのケチ、鬼畜ー」
「はいはい」

 井島田が酔うのを見るのは初めてではないので冷静にツッコミをいれつつ、井島田のビールを取ると井島田はうなだれた。こんな可愛い仕草は見たことないので新鮮だな、と思っているといきなり向かい側に座る井島田が体を乗り出して顔を近付けてくる。とっさに避けると井島田はなんで避けるんだよ、なんて変なことを聞いてきた。

「井島田変だよ」
「変じゃねーよ、どこが変なんだよ」
「完全目座ってるし。」

 いえば井島田は携帯を出すと暗くなった画面で自分の顔を確かめて、たしかに、なんて言い出す。酔うと素直なところは結構魅力的かもしれない。

「でさ、清野」
「なに?」
「会田さんと、どうしちゃったわけ。」

 井島田がしゃっくりしたのが聞こえて井島田を見ると、真剣な眼差しでこちらを見ていた。
(こいつのことだから、あてずっぽってわけでもなさそう)
 このまま黙っていてもきっと根掘り葉掘り聞かれるだろうから、渋らず話そうとするがどこからどこまで話していいかわからない。正直にすべて話せば気持ち悪いで終わるし、大切なところを省けば俺がへんなやつになるし、井島田は室津さんと同じことをいうだろう。悶々と考えていると、井島田はボソッと呟いた。

「唯一の同期なんだ、こんなときに助け合わなくてどうすんだよ」

 正直、俺はこの言葉にかなり感動したんだと思う。じゃなきゃいくら俺だって言っていなかった。おもわずこぼれた本音を全て話してしまえば、すぐにしまったと気付く。井島田を見れば驚いたというより、顔をしかめて俺と距離を取っていた。

「うわ引くわー」

 寄っているため真っ赤に染まる顔でしかめっ面をくしゃりと歪ませる。
(言わなきゃよかった。)
 こいつには気遣いのきの字もなかったことを忘れていた。だが井島田ならここで励ましておきながらも陰口を叩く、という心配はないのでこのまま俺を貶す言葉を黙っておく。

「ま、お前は前から同性好きっていう感じはしてたけどな」
「ちょっと、なんだそれ! 勘違いしないで、俺会田さんだから好きになったんだからな」

 それは勘違いだ、とあわてて否定すれば、井島田はいつの間にか俺からビールを奪い取りビールを飲み干した。プハッと、息を吐く彼は完全におやじである。すると今にも落ちそうなまぶたを開けて、こちらを見てきた。

「じゃあ俺とは付き合えねーの? 俺なら室津サンとか消し飛ばして、幸せにしてやるけど」

 コップを持っている手が一気に汗をかいたのが分かる。井島田を見れば、井島田も気まずそうに目をそらしたのが見えた。
(これはふざけなのか)
 考える間もない、きっとふざけだ。井島田も俺が真に受けたから戸惑ったのだろう。俺はすぐに笑いながら井島田を指差した。

「そんな冗談井島田らしくないな、俺に合わせなくていいって。あ、そうか、酔いすぎだから帰るよ」
「…うっせ、気使ったんだよ。敬え、くそが。つーかノリわりー」

 ぼそぼそと俺のもんくをいいながら、立ち上がる井島田はかなりふらついている。もんくを言われていると言えど相談を乗って貰った身であるし、俺はすぐに井島田を支えた。そうして財布を出して払おうとしたとき、騒がしい居酒屋のなか一際目立ったわけではないが聞き覚えのある声が耳に入る。顔をあげるとそこには悩んでた原因、会田さんと室津さんがいた。
 会田さんは俺たち(室津さんは俺だけ)を見ていかにも嫌そうな顔をする。俺はショックでもあったが覚悟すらできていたので、お辞儀をして立ち去ろうとした。ただ会社の近くの店とは言えまさか会うと思っていないので、いきなり上司ましてや休む原因にもなった会田さんに会ったものだから、驚きを隠せず井島田を持った手が滑りそうになる。すると井島田は俺の顔を見るとよたついていた足をぴんと立て、井島田の肩を支える俺の手を振り払った。そうして俺の手を逆につかむと、レジに向かい財布を出して会計をすます。数秒の出来事だった。だから俺が払うなんて言う間もなく、不機嫌な顔をした井島田に引きずられながら店を出る。俺は井島田をずっと見つめていると、井島田は舌打ちをしながら見返してきた。

「なんだよ」
「なんで怒ってんの、なんで急いでるの。あ、お金払うから」
「お前ばかだろ」

 俺を掴んだ手を上げながら金なんかいらねーし、と言う井島田はより一層機嫌が悪くなっている。いよいよ本格的にまずいと思い出番がなかった財布を鞄にしまいながら、井島田が怒る要素のあることを考えてみた。ひとつあるとすれば、会田さんのあの目である。あの目は俺だけならばまだしも、井島田もとらえていてそして軽蔑していた。俺といたせいで同じように見られたのだ。申し訳なくて井島田の後ろ姿を映す視界が滲むのがわかった。

「ご、ごめん。俺なんかが井島田を支えてたせいで、井島田も俺と同じようなやつって思われたかも。」

 ごめん、ごめん。消えることのない謝罪を呟きながら井島田の背中に頭をのせる。謝りたいと思ってはいるが人通りの多いこの通りでいまにも泣きそうな真っ赤な顔をしながら歩くというのは辛いものがあったから、少しだけ井島田の背中を借りた。すると井島田は早歩きしていた足を止めて、こちらを向く。大きな背中が固い胸板に変わっていてさすがに男の胸で男が泣くのもと思い、すぐに離れようとしたが強い握力が手首に感じられた。また、井島田は俺の手を掴んでいる。なにより先ほどと比べ物にならないくらいのちからで。井島田を見上げれば、怒っている顔は変わってはいなかったが、そのかわり悲しそうな眼が眼に入った。なにか言おうとすれば、井島田は唇を噛み締める。

「傷付いてながらも無視すりゃいいのに会って挨拶してるお前のバカさもムカつくけど、怒ってんのは自分にだよ」
「え」
「お前のこと考えねーで会社の近くの店選んで、あんなやつらに会わせて。…ごめん」

 俺は言われた瞬間、驚きどころではなかった。まさか井島田が謝るとは、そしてそんなことに怒っているなんて一ミリも思わなかったし、なにより俺はそこまで気にしていない。本当に申し訳なさそうに眉尻を下げる井島田をみて、なんだかこっちこそ悪い気がしてきた。
 気にしなくていい、と言う意味も込めてくびをふると井島田は力強く頭をなでてくる。力なく撫でられたままにしていると、ゆっくり井島田の顔が近づいてきた。
(やっぱくやしいくらい整ってるし、なんかこんな弱気な井島田もかわいいかも。いつもこうならいいのにな)
 黙ってそのままにしていると、ほんと20cmも距離がないんじゃないかと言うところで井島田の動きが止まる。その目が後ろを見ていると気づき、俺もつられて後ろをみた。
 すると一番会いたくない人が、息を切らしながら俺を見ながらたっている。自分の息がヒュ、と漏れる音が聞こえた。

「なんか用ですか、会田サン」
「お前に用はない。清野と話がしたいんだ、少し借りる」
「嫌です、プライベートなんで上司とか関係ないですし」
「彼が会社を休んでおきながらお前と遊んでいることについて聞きたいんだ。お前の戯言はいいから黙って清野を貸せ」

 思わずあの普段生意気な井島田すら恐怖で固まる。会田さんの低い声が耳に残り、出来れば会田さんについていきたくなかった。だが会田さんは逃げることを許しはしない。いままでの優しい会田さんには似ても似つかない顔が、俺を怯ませるには十分で。
 会田さんは大股で歩きながら俺に近寄ると、俺のうでを掴んだ。場所を変えて話をしようとしたのだろう。そのままにしていれば良かったのだが、俺は手を振り払ってしまった。瞬間、その場は凍る。まずい、と思ったときには遅く、鋭く刺すような目で会田さんは俺を見た。

「話を聞くだけなのに振り払うほど嫌なのか」
「い、いやじゃないです、今のはその」
「なんだ、俺は嫌で今は井島田のところにいたいと言うことになるが。」
「ち、違います! 今の会田さん怖くて、反射的に」

 言った後に口を塞ぐ。怖いなんて言ったら子供っぽかっただろうが、勘違いされるよりは言いと思ったからだ。すると会田さんは改めて、俺の腕を掴む。今度は振り払わずに従うと、井島田は会田さんを睨むだけでポケットに手をいれたままなにも言わないで見送ってくれた。
 引かれて行く場所など分からないが、会田さんに掴まれた場所が痛くてまた恐怖が増す。だが、振り払えば次こそは取り繕うことはできないのでただひたすら我慢した。近くにひとけの無い広場を見掛けて、会田さんはすかさずそこに入る。電灯が照らす下で、会田さんはやっと手を離してくれた。解放されたとともに一気に痛む手首を後ろに隠して、会田さんを見上げる。だが会田さんはこちらを向かずに腕を組みがら周りを見渡していた。俺から話題を振ることは許されないので黙っていると、会田さんはやっと口を開く。

「嘘はつくなよ。今日は風邪で休んだのか」
「…違います」
「なんで休んだ」

 正直会田さんと会いたくなかった、と言っていいか分からないが隠していいものはないし、俺はオブラートに包むようにしてなんとか言い繋げた。

「あの、…今日風邪とかじゃないんですけど気分がすぐれなくていつもより失敗してしまいそうだったので、会田さんに迷惑かけてしまう前に今日だけは休んだほうがいいかとおもって。」

 ありのままに言えば、会田さんは苛立ったように頭をかく。
(正直に言ったのになぜ怒る。)
 早く逃げ出したいがこのまま解決しないのも嫌なので必死に立っていると、会田さんの影がゆらりと揺れた。そしてゆっくりと、顔を近づけてくる。まるでその行為はキスをするときのようで顔をそらしてはいけない、とは思うが下を向いてしまった。すると、会田さんが鼻で笑ったのが聞こえる。自嘲するような声に驚きながら見上げると、ついに口づけされた。
(なんだ、これは。)
 口のなかで動く他人の舌に、違和感と戸惑いを感じられる。それがたとえ大好きな会田さんだとしても、力強くまったく情のないこの行為が嫌でしょうがなかった。答えることも、抵抗することも出来ずにいると、涎が顎に垂れるのが感じられる。俺は一生懸命耐えるなか、会田さんはそんな俺を見下すとすぐに口を離した。

「あ、いださん」
「俺と居るのも、キスするのも、そんなに嫌か。」

 え、と反射的に漏れた声は戻ってこない。会田さんは髪をかきあげると、俺を見て、笑った。

「井島田はいいのに、俺はだめかよ。俺を好きって言ったのに、可笑しいだろ。お前、本当は俺じゃなくて井島田が好きなんじゃないか」

 目の前が真っ白になる。それと同時に会田さんがしまったという顔をしたのが見えたが、それよりも先に俺が反応していた。
 乾いた音が二人だけの広場に響く。
 そう、俺は会田さんの頬を叩いていたのだ。うとう溢れだす涙を見られたくなくて、謝ることもせずそこから逃げ出す。会田さんはただ立ち尽くしていた。





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