性格の悪い若社長のサンと彼を依存しているおっさんのムウ

 かちかちと点いたり消えたりする薄暗い電球には、灯りを求めて必死に回りを飛び交う蛾がいる。うっすらと見える鉄の壁には、炭のあとが残っていた。
 こんな場所で、毎日、そして今日も鉄のかたまりを弄くっているのは体に悪いのかもしれない。ペンチを一回転させて取りながら、ムウは思ったが今さらなので体に悪いタバコをふかした。すすのついた作業着は昨日洗ったばかりだというのに、今までの汚れが取れた様子はない。そんな作業着で手についた汚れを拭き取って、ムウは一時休むことにした。
 変わらない日々を送るのはムウにとって嫌なことではない。反対に好きなことでもなかった。ただ、金を稼ぐための仕事。コツコツ稼ぐのは面倒なので体でも売ってしまおうと何回考えただろうか。だが、もうそんな道はもう選べない、彼は今年で40になる。誰がかれきった彼を買うだろう。ムウは今朝配布された弁当を開けながらため息をついた。

「ムウ」

 一人の空間に浸っているときに突然呼ばれて、焦りながら振り向く。するとそこにはここには似合わない綺麗な格好をした青年がいた。透き通った金色の髪色に、その素晴らしい色すら掻き消すような赤い瞳。見た目からして若々しく美しい外見は完全にムウよりも年下に見える。それはそうだ一回りも離れているのだ。青年はムウを親しげに呼んだ。ムウは声を聞くなり、弁当を開ける手を止める。微笑んだ青年とは逆に、は彼を見るなりタバコをくわえながら上下に揺らすと、顔をしかめる。

「また来たのか、お前もひまだな、社長の息子サン」
「おっと、間違えてる。俺はもう社長だ。それといつになったら俺の名前、呼んでくれる?」
「馴れ馴れしいぜ、サン」

 馴れ馴れしいのはどちらか。年が下と言えど、彼はれっきとしたこの会社の社長だ。サンの会社は武器の発案、組み立てや製造、販売に至りすべてを行っており、ここはその工場のひとつ、武器の部品の製造、つまりは会社というよりも彼の会社の工場の中でも一番下の位置に値していた。
 もとはサンの父の会社ではあったが、彼の父は同業者から恨みをかい先日射殺され他界した。そして唯一一人息子のサンが、跡継ぎとなったのである。サンは才能は父以上と呼ばれていたので即任。今は彼が社長として落ち着いた。
 やはり上に立つものは、下が作業する場所には似合わなかった。同じ業者だというのにムウとの格好にはかなりの差がある。だが高級なスーツを着こなした彼は何にも気にせず、汚いデスクに腰をかけて長い足を組んだ。
 彼と会ったのは今でも覚えている。地位が高い者は来たがらない、排気ガスやすすにまみれたこの工場へ貴重な食べ物を提供しに来たときだった。あのときは下の者にも慈悲を忘れないこの会社を信じたくなったが、サンはそれだけで語って良い人物ではなかったことにムウは気づいた。彼は、昼食を配りに来たのではない。貴族とのパーティーで余った食べ物を、たまたま近かったここへ捨てに来たのであった。そして人間がいたので、与えただけ。それだけのこと。
 その話をサンにされたときは、ムウも貰った食べ物を全て吐いてしまいたくなった。しかもサンは悪びれた様子もなく、ムウに笑って話したのだからなおさらである。ムウはクビを覚悟でサンに暴言を吐き、一発顔にいれてやった。サンは驚いていたが、すぐにムウに反撃をし、衝撃でムウは気を失い死ぬ思いをする。だが、クビにはされないで同じような毎日が続いた。そのかわりサンは何故か、週に一度は来るようになったのだ。ムウは鼻で笑いながらサンを見る。

「社長なんて、早いな」
「そうか? 俺からしてみれば、やっとだな」

 すると、サンは本当に嬉しそうに呟いた。親が死んだというのに、やっと、と使えるのは彼が冷たい性格をしているからではない。彼の父は冷酷で生産を邪魔する者ならば、誰彼構わず排除した。それが妻であろうとも。平和主義なサンの母は自分たちが生産したものが戦争に使われるのを知って、父の生産を止めようとした。だがサンの父はそれを知り、母を暗殺と見せかけ殺したのである。それからサンは、父を恨む日々を送っていた。
 ムウがそんな詳しいことまで知っているのは、きっとサンがムウに心を開いているからだ。この事実を知っているのはこの世でサンとムウだけである。なぜ、サンがムウを好いているのかは分からない。ただ、ムウは他人の殺人の話など面倒なことを聞いたとおもった。そう言えば、サンはごめんとしか言わない。

「父親が死んで満足か」
「ああ、まあな。自分の手は殺せないから。殺してくれたひとに感謝ってこった」

 親を殺されて感謝などするのだろうか。生まれてすぐ捨てられたムウは親がいなかったので、深くは考えなかった。ムウには親子の常識がわからないのである。
 ふーん、と興味なさげにいうムウにサンはただわらった。すこし髭の生えた顎を撫でながら、ムウはサンを見た。

「いつかお前も、バーンだぜ」

 親指と人差し指で銃の形を作りながら、サンの頭を撃ち抜く。ムウの言っていることは正しかった。サンは戦争をしているほかの国からしてみれば、嫌っていた父と同じようなもの。老いていようが若かろうが関係ないのだ。
 サンは奇妙に歪ませた目を細く伸ばしながら、ムウに近づく。ほこりが舞うのはいつものことだ。ムウの人差し指をつまむと、ゆっくりと言った。

「それすらも望んでいるのかもしれねーな」

 瞼の隙間から覗く濃い赤は、血の色にそっくりだ。父も彼もまた、自分の手を汚さないが人殺しであった。その手にかけた数多の人々の血が、かれの目に染み込んだようである。
 彼の言葉を聞き、ムウは舌打ちをした。サンの中身は冷えきっているというのに、母の遺伝か、核には人殺しはもうしたくないと願ってやまない平和心がいる。サンはまだ、人間味が残っていた。だがムウからしてみれば、それすら無くしてほしいと思う。

「バカなこと言うな、死ぬんじゃねーぞ」

 タバコを床に捨てて足で踏みにじると、代わりのように割りばしをくわえた。先程食べ損ねた弁当を開けながら、ムウはいただきますと呟く。サンはにやりと笑った。

「なんだ、ムウ。心配してくれんのか」
「してねーよ。てめぇ死んだら就職先困んだろ」
「ああ、そうゆうこと。」

 残念といいながら、彼は首をふる。ムウはなにもいわず、美味しいご飯にがっついた。サンはポケットからハンカチを出すと、ムウの頬についた炭を拭き取る。何万するか分からないそのハンカチは、もう汚れはとれないだろう。呆然とするムウをよそにサンは出口へと向かった。

「来週また来る、あと髪そろそろ切れ」
「命令される筋合いはねーよ」
「ふ、社長命令だ。次は男前な面さらしときな」

 右手をあげて、二、三度動かすと扉はしまる。ムウはサンを見送ると、弁当を食べ始めた。
 いや、食べれてはいない。ムウは割りばしを離すと震えた指で、自分の頬を撫でた。サンが拭いた、頬の端。それですら嬉しかった。サンに会うと憎まれ口しか叩けないが、本当は週に一度のこの日が待ち遠しくてたまらない。
 変わりのない日々など慣れた。だが、光のない日々は知らない。

 あの日、彼が残った飯を配りに来た日、ムウは死ぬ予定だった。暗い場所で、楽しみがなく死ぬなら、いますぐ死んだほうがマシだとおもったからである。
 そして喉にナイフをあてがった瞬間、暗がりしかないこの部屋に光が差し込んだ。眩しくて目を細める。ぼんやりとしたなかではっきりと見えたのは、瞳の赤だけだった。
(死ぬ暇があるのなら、黙って武器を作れ。さすれば今日のように、いつか褒美が来る)
 目の前に置かれた飯など、目に入らない。ただ、天使かと思った。

「ったく、あいつはよ」

 命を救ったと言うのに、それすら意識はしていないようで、ただ飯を捨てに来たなどと言う。あの時は頭にきたが、よく考えてみればどんな形でも、ムウは救われたのだ。
 それなのに、自分は死にたいなんていいだす。

「くそ、ふざけんな。勝手に死にたがるなんて」

 ならばこの色のない部屋でのうのうと生きれと、それともあの日捨てられなかった命をもう一度捨てろと云うのか。ムウからしてみれば、サンのいないこの世は地獄も当然。
 だが、やはり世界は残酷だ。戦争はこの会社を持っているほうが勝つ。それを阻止するために、相手方は飽きずに彼を狙うだろう。サンの命は永くない。
 そんななか、サンは自分が死ねば戦争は終わると考えてしまっていた。こうなると分かっていたムウは、サンの父の死を一番恐れていたのである。

「社長なんて、認めねぇ」

 認めてしまえば、彼は死ぬのを受け入れているようでいやだった。せめてもの抵抗に髪は切りたくない。

 けれどまたかれに言われたら従ってしまうのだろう。ムウは彼の命が途絶えてしまわぬよう、あの血塗られた赤に願いを掛けた。彼以外の神など信じていない。






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