清野咲也視点

 休憩時間だと言うのに緊張感が抜けないのは、先ほどの室津さんの目が忘れられないからだ。あの目にどうやって俺が映っていたのかが気になる。だが、既に知っていた。彼が俺をどういう風に映していたかというくらい。けれど何故自分がそういう対象でみられるのかわからない。
 室津さんとこれ以上関わりたくなくて、いつもは自分のデスクで食べている昼食も裏庭で食べる始末。市販の美味しい弁当を食べているはずなのに、なかなか食が進まない。もう食べるのは諦めて飲み物でも買いにいこうとベンチを立った瞬間、自分の目を疑った。
 目の前には一番会いたくない室津さんがいる。彼は俺を見つけると、ポケットに手を突っ込みながらゆっくりとこちらへと歩み寄ってくる。俺は恐怖から抜け出したい一心で、室津さんに背中を向けて歩き出そうとした。だが、

「清野くん」

 名前を呼ばれてしまった。名前を知られていないと思っていたので、ねぇ、とか、ちょっと、とか言われたら気付かないフリをしようとしていたのに、これほどはっきり呼ばれてしまっては振り向かないわけにはいかない。
 ひきつりそうになる顔をほぐさせて、振り向くとやはり彼は笑顔を崩さずにこちらを見ていた。一回しか話したことはないし、見た目はいい人なので勘だけで恐れていても失礼である。俺は反省しながら愛想笑いを貼り付けて、近寄った。

「室津さん、でしたよね。なんでしょう」
「清野くんの話は心から聞いてるよ。あいつと仲良いんだ?」
「え、いや、おそれ多い! いつもお世話して頂いてるだけで、仲が良いだなんて!」

 いきなりの会田さんの話題に動揺が隠せない。俺の話を会田さんから聞いているというのは嬉しいが、仲が良いといいのは一生懸命、手と首を横に振って否定した。
(仲が良いのはあなたじゃないか。)
 言おうとして飲み込む。それが事実だとしても言いたくない、認めてしまうのが悔しかった。自分はこんなに対抗心を持つ男だったか、と考えていると目の前の男はぼそりとなにか呟く。

「え? 何かいいました?」

 独り言だとは思うが、聞き取れなかったので聞き直すと、下を向いていた彼は顔をあげた。だがその顔に笑顔はない。待て、この顔はよく知っていた。
 高校の時良くいじめっ子たちに向けられた顔。

「ああ、言ったさ。だよな、ってな。お前が心と仲が良いだなんて、おかしいんだよ! 身の程をわきまえろ、くずが」

 まるで氷点下の風を浴びたように、俺はその場で凍りついた。なんだこの態度、なんだこの口調。さっきの笑顔はどこ行った。まるで別人のような人が目の前にいる。

「え、いや、はい。すみません。分かってま…」
「分かってねーから俺がこうやって直に言いに来てんだろ、良く考えろよ。」
「ぁああ、すみません!」

 高校の時に既に身に付けている謝罪スキルを存分に発揮しながら、俺は目の前の人に謝り続ける。
 さっきこの人の目を見て感じたのは、勘違いではなかった。今まで俺を虐めてきた人たちの見下す目である。だが俺は何故その目をされているのかわからなかったので、勘違いだと思っていたが、今理由がわかった。この人もどういう好きだかはしらないが、会田さんのことが好きらしい。
(それなのに俺みたいなやつを会田さんが構ってるから気にくわないのか)
 たしかに、言い分は分かる。身の程をわきまえろ、いう通りだ。だが、俺はそこまで仲良くない。仲が良いというより、さっき言ったようにお世話してもらっているのが正論だ。だからこうやって言われるのは正直むかついた。

「なんだ? なんかもんくあんのか?」
「なっ、ないです!」

 だが、口答えができるはずもなく、ただただ従う。ムカついても言い返せないのは仕方ない。何故ならば自分は弱虫だからだ。
 距離は普通より少し近いのに、もっと近寄ってくるので後退りすると逃げんなよ、と笑われるので立ちすくむ。室津さんは俺の胸ぐらをつかんだ。

「心はな、すげー良いやつで、優秀なやつだ。俺と一緒でな。だから、お前とは似合わない」
「は、はい…」
「ちっ、久しぶりに心に会ったら清野清野清野…お前の話しかしねー! 心が他のやつの名前を出すのも腹立たしいのに、その相手が他の部署まで使えないやつって知れてるこんなくずじゃいらつくだろ? あ?」
「ひっ、ああはい、そうでございますね、その通りですー! わかったんで許してくださいぃいい」

 顔を近付けてくる室津さんに泣きながら許しを乞うと、室津さんは舌打ちしながら胸ぐらをつかんでいた手をはなしてくれる。とりあえず俺の虐められていた経験上、次に室津様の気持ちが苛立った場合手が出ると踏んだ。なので、逃げることにする。
(つーか他の部署までダメダメさが伝わってる俺どんまい!)
 めげそうになるメンタルをどうにか保たせて、逃げるルートをおさらいした。まず、一度室津さんに謝って不意をついて後ろの非常階段へと逃げる。階段をのぼるのは得意なので、このお方でも追い付けやしないだろう。
 いち、にの

「おい、なに逃げようとしてんだよ」

 さん、と頭で数えて走り出そうとしたときには、室津さんに腕を捕まれて引き寄せられていた。つかまれた手は血が止まるんじゃないかってくらい痛い。
 逃げたいのはやまやまだがこれ以上動こうとすれば、次には腕が取れてしまいそうなので向き合ってめをそらした。

「なんでわかったんですかー、エスパーですかー!」
「ちげーよ、お前が後ろチラチラ気にしてたら誰でも分かるだろ」

(あぁああ、なんで俺はいつもこうやって失敗するんだ!)
 室津さんはそう言いながら俺を鼻で笑う。こんな態度は慣れているので、全然良いのだが怖い。
 すると奧の方から誰かたちの会話が聞こえてきた。室津さんもまずいと思ったのか、手を離す。
(ああ、きっとあれは天使だ。)

「で、では!」
「待て、大事なことを言ってねぇ」

 まだなんかあるんですかこれが正直な気持ちであった。だが黙って従うと、室津さんは満足そうに笑う。
(この表情、子供みたい)
 こんな鬼みたいな人がこんなかわいい顔ができるのか、と思った。さっきみたいに凄むよりずっと良い。何を言われるか待っていると、なんとも残酷なことを言われた。

「じゃあこれからは、心の仕事の邪魔すんなよ? お前のせいで心が仕事に集中できてねーし。ま、お前じゃ近くにいたら邪魔しかできねーだろうからむしろ話しかけんな。」

 かわいい、訂正! やっぱ超鬼!

「いや、それは」
「なんだ、口答えすんのか?」
「口答え、っていうか。それは辛いで…」
「うっせーよ、黙って従え」

 後ろに他の社員が通っても関係なし。まるでそんな口調で話していないような素敵な笑顔と小声で話ながら、さりげなく足で踏んでくる。そういえば、前、カツアゲされたときにこんな人いたな。
 会田さんと話したい。話せないなんて地獄だ。でも確かに俺は話しかけるだけで、会田さんの邪魔をしてしまう。正論を突きつけられて泣きたくなった。

「あ、でも仕事終わりなら…!」
「分かってねーな。心は影響されやすいやつだから私生活でもダメなやつと絡むと、あいつ自体もダメになんだよ」
「え」
「前は頭下げることもしたことない心は、今じゃお前の世話係でほぼ毎日頭下げてるらしいじゃん? お前心を慕ってるなら、あいつの迷惑を考えるべきなんじゃねーのかな?」

 また、正論だ。おもわず、握りこぶしを作ってしまう。なにも知らなかった自分を、殴りたくて。
(なんだよ、仕事もまともにできないくせに、何が好きだよ、何が仲良くなりたいだよ!)
 なにもできない駄目なやつのくせに、恋愛にうつつを抜かしている場合じゃなかった。自分だけならまだしも、人にも迷惑かけていたなんて。

「わかり、ました」

 精一杯出した声。
 彼はそれを聞くと、目の前から去っていった。






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