清野咲也視点

 会田さんを見てみる。いくら見ても見飽きないはずだったのに、胸が異常に高鳴るので目を離すしかない。
(会田さんを好きすぎて、ついに心臓病になったのか、俺!)
 それはさすがにまずい、とパソコンと向かい合うと書類をつくるはずだったのに他の機能を開いている。やはり仕事中に会田さんを考えるべきではない。こうやって失敗してしまうからだ。内容をコピーして本来使うべきだったソフトを開いていると、隣、いわゆる井島田から大量の書類が送られてきた。

「…なんだよコレ」
「この中から重要な所だけ抜き取って分かりやすいようにまとめろだと。」
「ずるい! お前はしないのかよー!」
「アホ、もちろんやるっつの。つーか俺の方がちょっと多く受け持ってやってんだ、感謝しろよ」

 たしかに井島田の机を見てみれば、ちょっとどころではないくらい俺より多めの書類が置かれている。意地悪ばかりする井島田だが、こういうさりげない優しさだけはぬかりない。
(これぞツンデレ、こうやってやればモテるのだろうか、試してみよう。)
 井島田の顔をじろじろ見ながら考えていると、井島田からキモイとか酷い罵声を浴びせられたので仕事に取りかかった。
 今度は真面目にカタカタと打っていると、課長に呼ばれて会田さんが立ったのが分かる。言っておこう、これは一種の愛だ。会田さんに関わると俺の視界は草食動物もはやシマウマなみに広くなる。これは特技とも言えるだろう。
 課長と話を終えると会田さんは背筋を伸ばしまるでモデルの歩き方のように歩いて外へと出ていった。急いでいたようだし、なにか用があるのだろうか。気になりながらも、仕事に集中しようとしていると、扉がいきなり大きな音を立てて開いた。つられてそちらを向くと、見知らぬ人が立っている。その後ろには先ほど出ていったはずの会田さん。どうやら会田さんがこのお客さんを迎えにいったようだ。
 そのお客さんはスタスタとデスクの間を歩いて行くと課長の所まで行った。
(こんな態度のでかいお客さんいるんだ)
 あまりにも堂々とした態度に呆然としていると、いつも仏頂面の課長が顔色を変える。悪い方にではない。優しい顔色になったのだ。

「待っていたよ! 室津(ムロツ)くん!」

 いつも俺に怒ってばかりの課長がアホみたいな笑顔で両腕を広げる。それと同時に他の社員たちも泣くんじゃないかという勢いで室津という人が来たことを歓迎していた。
 俺は唯一自分と同じ顔をして、今の現状を理解していない井島田に近寄る。

「ど、どーいうことなんだね、これは!」
「知らねーよ、俺に聞くな! あのイケメンなんなんだよ!」
「うわ、井島田が他の人をイケメンって認めた! たしかにあの人イケメンだけど!」
「うるせー、静かにしろ」

 課長は理解が出来ずに周りとは違う盛り上がりを見せている俺たちに気づいたのか、その室津という人の肩をだいてこちらへ歩いてきた。井島田も珍しく緊張しているらしく、一緒に椅子から立ち上がる。すると室津さんは手を差しのべて、にこり、と笑った。

「君たちには、はじめまして、だね。前までここでお世話になっていた室津です。他の部署に行っていたけど、また戻ってきました、よろしく。」

 パーフェクトすぎる笑顔に俺も井島田も自然と手が伸びていって、室津さんは俺たちに優しく握手をすると用意されたデスクに座る。早速仕事に取りかかる様を見て、俺は固まるしかなかった。
 室津、と呼ばれた人は笑顔が似合う好青年と言ったところだろうか。清潔感のある茶色掛かった短髪に、少し長い前髪を分けて覗く目は髪と同じで綺麗な茶色の瞳をしていた。スラリ、と立ち尽くしたシルエットは、シワ一つも見当たらないストライプのスーツを見事に着こなしている。身長は会田さんと同じくらいでやはり俺よりは高かった。顔はあのプライドが高くて会田さんすら認めない井島田が呟いてしまうほどの整った顔立ち。同じ部署の女性は放ってはおかないだろう。
 課長は俺たち二人が見とれていた彼を席へ案内すると、こちらを見直す。出っ張った腹をより主張させながら、未だに理解していない俺たちへ口を開いた。

「彼は会田くんの同期。彼と会田くん二人は期待の星だったのだよ。だが、才能を買われて上の部署へ行っていたのだが、今回私たちの仕事に人手が足りなくなってね。一時だが室津くんに戻ってきてもらったんだよ。君たちが入ったと共に移動してしまったから知らないだろう。まぁ、彼を見本としたまえ」

 上機嫌に話すと気が済んだのか、課長は自分の席へと戻っていく。井島田はもうなかったかのように涼しい顔をして椅子へ座るので、俺も一緒に座った。
 そういえば、俺たちが来る前までは、毎年必ず2名は募集を取っていたと聞いたことがある。会田さんの同期がいないのは辞めたものだと思っていたが、移動だったとは初耳である。
(期待の星ね)
 室津さんは会田さんの隣のデスクで当たり前のように仕事をしている、今日初めて見たはずなのにそこに違和感はなかった。俺の知らない、時間。
(いや、深く考えてももやもやが消える訳じゃないし! 仕事に集中!)
 気を取り直して椅子を座り変えてディスプレイをのぞきこむと、横から視線を感じる。じとり、とそちらを見れば無論、井島田がこちらを見ていた。

「なんか言いたいことでもあるのかよ」
「うん、ある。御愁傷様!」
「お前楽しんでるだろ!」
「そこ仕事しろ!」
「「すみません!」」

 井島田のせいで怒られたのでまた改めて仕事をしようとする。
(くそ、井島田のやつ、にやにやしてさ!)
 イライラしながらキーボードを打ち込んでいると、会田さんの声が聞こえた。仕事中はあまり話さないあの真面目な会田さんが話しているのは、かなりレアだ。耳を澄ませていると、どうやら室津さんと話しているようである。
 気になってそちらを見れば、会田さんは、笑っていた。
(仕事中、俺には、そんな顔見せたことないのに)
 あんなに完全に緊張感が解れている会田さんは見たことがない。自分は会田さんと仲が良い方かと思っていたが、それはとんだ勘違いだったようだ。

「あ、清野、また間違えてるぞ」

 悔しくてじっと見つめていたが、井島田の声でハッとする。ディスプレイを見ればエラー画面。周りからは「またかよー」と俺の失敗を見慣れている上司たちの声が飛び交った。
(井島田のばか、大きな声で言わなくても)
 急いで打ち直していると、後ろから誰かの腕がのびてくる。井島田かと思いながらもんくを垂らしつつふりむくと、近くには会田さんの横顔があった。

「あ、あい、あ」
「これくらいのミスなら俺もしたことある。気を落とすな」
「は、はい」

 ありがとうございます、半泣きになりながら言うと会田さんは自分の席に戻っていく。やはりクールで優しくてかっこいい。これまで通りにしていればもんくはない、それ以上を望むのならば我が儘になる。俺は悩みを軽く片付けて、仕事に取りかかることにした。だがその前に一度会田さんの背中をみることにする。胸は苦しくなるが、働く意欲にはなるはずだ。
 そう思いながら会田さんの方を見ると、室津さんがこちらを見ていた。さすがに初対面の人と目が合うのは気まずいので視線を反らそうとすると、室津さんはゆっくりと口を歪める。
(なんだ、これ。笑っているのにまるで、睨まれてるような感覚。)
 背筋が凍ったのがわかり、すぐに視線をそらした。だが室津さんがまだ俺を見ているのが分かる。
 何故か怖いだけではない、なんて言えば良いのかわからない気持ちになった。











「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -