桐間の下駄箱に入っていたのは、見覚えのあるかくかくとした文字が書かれたルーズリーフのはしくれであった。女の子が書く丸く可愛らしいものとは違い、癖のある男の文字である。桐間はこの文字が誰の文字だか、二秒で分かった。
 “帰り、時間があったら体育館に来てください。お話がしたいです。”
 妙に畏まった口調に、桐間はおかしく思う。帰り一緒に帰ろうとしたが、春は真っ先に教室から出ていってしまった。桐間はなにか用事があるのかと思って気にはしなかったが、こんな手紙で呼び出すのなら直接言えばいいのに。忙しいのならば、メールすればいいのに。不満が浮かぶが、体育館に行くことくらいならいいか、と向かうことにした。
 体育館の中に入ろうとすれば、入り口に春はたっている。入る手間が省けて良かったと、桐間は春に近寄った。春は桐間に気づくと、駆け寄りもしないで目をそらす。桐間はそんな態度を不思議に思うが、三段しかない階段の上にいる春をみた。

「ほら、帰るよ。」

 手を伸ばしながら、優しく言い掛ける。寒いな、と言いながらマフラーに顔を埋めてその手に春の指先から重ねられることを待った。だがなかなか指は自分の手を掠めない。なにかあったか、と顔を上げると春は泣きそうな表情をしていた。どうした、と聞く前に、春は口をひらく。

「手紙に書いてあっただろ。話、あるって」
「ああ、そういえばあったね。帰りながら話せばいいじゃない。ここは日陰だし寒いしね」
「違うんだ、誰もいないここがいいんだよ」
「じゃあ早く言いなよ。さむ。」

 桐間は手を擦りながら、春から目をそらした。本当にどうでもよかった。春の話より、寒さで凍えそうなので早く話してくれとだけ言う。すると、春は傷付いたような顔をした。それに首をかしげた瞬間、春は一歩後ろにさがる。

「桐間、別れよう」

 擦っていた手が、ぴたり、と止まった。桐間は春を見る。冗談でしょ、と言いたいのに声は出ない。
 桐間なんて、いつぶりに呼ばれただろうか。冗談ならばこんなところにわざわざ呼ぶだろうか。人気の無いところを選んだのも、こういうことか。
 考えている桐間を、春は待ってくれない。たんたんと、話始めた。

「俺、木葉のことすきになったんだよな。あいつ優しいし、俺を大事に思ってくれるし、俺一番だし。なんか男気あるしよ! しかも前から考えてたんだけど、桐間には、可愛いくて、すんげー優しい子が似合うと思うんだ。で、普通に付き合って、結婚して、すっごく、幸せになれるなーって。だから俺なんかと付き合ってないで、別れて、他のやつと仲良くやれよ」

 傷付いたような顔はどこにいったのだろうか。もう清々しさすら感じる。
 木葉とは、あの春にしつこくアピールしていた後輩だろうか。あまり気にしてなかった桐間はいまさら記憶の整理をした。春が仲良くしているものにはよく、嫉妬をしていた、だが、警戒はしていなかったのである。なにかあっても春は自分を好きでいると根拠もない自信で溢れていたのだ。だが、どうだろう。その自信は春の一言で、無くなるほかはなかった。
 春は桐間の話も聞かずに桐間に背中を向ける。これでは話がしたい、ではない。かなり一方的であるし、桐間の意見は既に通用しないだろう。
 こんな大切な話に呼び出すのに、ルーズリーフのはしくれなのか。俺たちの関係は他の人を好きになったということだけで終わってしまうのか。
 ここで春を引き留めて言ってしまいたいことも言えない、桐間は背中を見てるしかなかった。


‐‐‐‐

「――…や、理依哉」

 桐間はぎくり、と肩を震わせる。顔をあげると、そこには春の顔があった。名前が呼ばれ、しかも先ほど見た顔とは違い、優しく微笑んでいる。桐間は驚きながら周りを見渡すと、春は桐間の頬を触った。

「なんだ、疲れたの? ぐっすり寝てたけど」

 そうだ、さっきまで授業中だった。たしか、世界史の時間に眠気が襲ってきて。記憶がない。
 だとすれば、今のは夢ということになる。だが、なんだか現実のような錯覚すらあり、まだ胸は取り残されたときのドキドキが残っていた。

「うん、疲れた」
「そなの。ん、あれ、理依哉泣いた?」

 頬を触っていた手が、目元を滑る。その指先を見れば、微かだがたしかに滴があった。桐間は首を横にふることしかできないが、春は追求もせずそっか、とだけ呟く。
 桐間はふ、と春に手を差し出した。春は首を傾げるが、桐間はなにも言わず差し出したままなので春はそっと手を預ける。さきほどは乗せられる事のなかった手のひらの熱。桐間は感じて、目を瞑った。

「寝る」
「え、また寝んのかよ。次はご飯の時間だぞー!」
「いいよ、べつに。それより、」

 手はなさないでね。
 どこかふてくされたような桐間の言い方に、春はからかう事もできず頷く。今日はパンだし片手で食えばいっか、などと気楽なことを考えながらまた眠りにつく桐間をみた。理由など聞けるはずもないが、それより珍しく甘えてきた桐間に嬉しさを隠せず、春はにやけながら強く握られた手を真っ赤にさせる。

「なんだ、あれは」
「さーな、怖い夢でも見たんじゃね?」

 けど、ここが教室だって忘れてんな、あのバカップル。
 浩と龍太は顔を見合わせ苦笑いしながらも、その二人の元に行くのだった。






―――

甘えたがりの桐間もたまにはいいかな、と思いまして書いてみました。やはりはじめましての最初は、りーはるで!
二万打およびアンケートありがとうございました(;_;)!




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