ホチキスで書類を留める音だけが、夕の闇で薄暗くなった教室に響く。ホチキスを動かしているのは、唯一この教室に居る俺だ。流れ作業のようにただぱちん、と音をたてて隣の机には終わらせた書類が山積みになっている。
 これは本来ならば生徒会の仕事だ。ましてや一般生徒の俺一人がする仕事ではない。
 何故、こんなことになったかといえば、生徒会の担当の教師は俺を買いかぶり、生徒会に誘っていたことからはじまる。俺は興味がないので断っていたのだが、あまりにもしつこいのでこの仕事を自分から持ち出したうえに一人でやると引き受け、交換条件にもう誘わないようと釘を刺した。生徒に配るプリントの整理、部費予算や年間の学校行事が書かれた書類は何百という数を行く。どうせ一人ではできないだろう、といった態度で担当の教師はその条件をのんだ。
 ルールは破ってはいけないし、誰かを誘うにしても生憎俺には陸しか友達のいない。陸に迷惑は掛けたくなくて、黙って一人でやることした。だが分かっていたものの、実際一人でしてみるとやはりつらい。何回目か分からないためいきをつきながら次の書類に手をかけると、ドアが開かれる音がした。無意識に目を向けると、そこには居るはずもない釜播くんがたっている。何回瞬きをしても、彼はそこにたっていた。

「あ、やっぱてめぇか」
「…釜播くん、今忙しいからかまってる暇ないんだけど」
「はっ、構われるつもりはねえよ。ここ通りかかったら明かりついてたから、気になって寄ったらお前がいてよ。あ、なにしてんのそれ。」

 釜播くんはべらべらと喋ると、勝手に隣へ座り込み書類を見始める。煩わしい奴がきたと思うが、気を抜いたら間違えるかもしれないので言い返さないで作業に集中した。
 だが釜播くんもただの馬鹿ではない。担当の教師は俺達のクラスの国語総合を受け持っていて、俺に対しての異常な贔屓については気づいているのですぐに状況を読んだらしい。ははーん、と釜播くんはにやりと笑った。

「また頼まれたのか? 優等生はつらいな」
「…頼まれたんじゃない。生徒会に入れとしつこいから、この仕事を一人で終わらして、勧誘をやめてもらう手段だ」
「うお、これを一人でかよ!」

 静かにしろ、といってもこの男には聞かないだろうと俺は諦めながらプリントをとじる。ところが気にしなくても、釜播くんは黙りこくる。安心するよりも、具合が悪くなったのかと心配になり、俺は釜播くんを見た。すると、釜播は立てていた肘をはずし、プリントを眺める。

「その、でっけーホチキス、もう一個ないのか?」
「え、あるけど」
「ん、じゃあ貸せよ、手伝う」

 やっぱり釜播くん、おかしくなった!
 俺の止まることなかった手の動きがついに止まった。恐るべし、釜播くん。だがここで止まってる場合ではない。我に返り、ふるふると首をふった。

「駄目だよ、一人でやるって言ったんだ」
「いーじゃんいーじゃん、言わなきゃいいんだよ。ほんっとお前真面目だな」
「迷惑、だろう?」
「…暇だったし、別にいい。」

 無理やり手伝われて、恩を着せられるのかと思えば、そんな気持ちは毛頭ないようだ。釜播くんは自分でホチキスを探し出すと、見よう見まねにたくさん並べられたプリントをページ順に重ねた。

「これでいいのか?」
「ああ、うん」

 返事をすると、釜播くんは黙って作業を始める。俺はそんな釜播くんを横目で見ながら、何て言っていいか考えていた。
 俺のこと嫌いなら、ほっとけばいいのに…。
 本当に彼の行動には困らせられる。釜播くんみたいなうざい奴嫌いなのに、こんなことされては、自分の中でいらない感情が生まれてしまうからだ。真面目にとじていく釜播くんの横顔は、やはり女の子たちが叫ぶだけある。綺麗な黒髪が揺れる度、どきり、と心臓が跳ねた。

「釜播、くん」
「あ? もんくなら聞かねーからな」
「違う! あの」

 ありがとう、聞こえるか聞こえないか分からないくらい小さく呟く。釜播くんはぽかん、とした顔をした。
 ああ! もう言わなきゃよかったかも! またからかわれるかな…
 俺は照れ隠しに作業を再開する。釜播くんも、しばらくしてはじめながら、此方をむいた。

「礼なんか、いらねーよ。きにすんな」

 なんて嬉しそうに言うから。高鳴る胸は、とどまることを知らない。俺は今、きっと、釜播くんに抱いてはいけない感情を持っていた。
 誤魔化すために、俺は下を向くが釜播くんはまだかっこいい笑顔でこちらを見ていると思うとまた恥ずかしくなる。情けなく、手元が震えた。どうしたんだ、おれ。
 またホチキスをとめる音だけが繰り返しながれる教室のなか、俺は釜播くんを考えることしかできない。
 もしかして、おれ、

「よっし、一通り終えたな!」

 自覚しそうになった瞬間、釜播くんが伸びながら言った。横を見れば山のようにあったプリントは全てとじられている。時計を見ると、さっきよりもかなり時間は進んでいた。
 俺は返事をしながらプリントを片付けると、釜播くんも椅子を片付けてくれる。当て付けのように先生へ置き手紙を書くと、教室に鍵を閉めた。

「凄く助かったよ」
「べっつに! …なんか今日、妙に素直だな」
「釜播くんが先に優しくしてくれたでしょう?」

 笑いかけると、釜播くんは気まずそうに頬をかく。なんだか恥ずかしかったけれど、それよりもお礼が言いたかった。
 やっぱり釜播くんが優しいのは勘違いではない、と思いたい。俺が思ってたことはきのせいではないのだ。

「さぁ帰ろうか」
「ん…」

 もう暗くなった窓の外を見ながら、どこか陸を思い出す。きっと陸には釜播くんを好きになるわけない、といってしまった手前だからだろう。

 俺はまだ、好きではないから大丈夫だ、言い訳じみた言葉を並べてやはり今の楽しさに身を傾けた。





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