気付いたら、釜播くんを目で追っていた、という表現が一番あっているだろう。
 ただ毎日つっかかってくる釜播くんは、俺にとって平穏な日々を荒らす邪魔者でしかなかった。俺は贅沢だが陸が居て、本があって、勉強が出来る環境があればなんでもいい。それなのに釜播くんはことごとく、俺の1日を荒らしていった。だから、嫌い、だったのに。
 俺のこと、よく見てるし。
 意識してしまった。きっと釜播くんからしてみれば、気にくわない俺を観察しているようなものだろう。けれど、その視線を意識してしまうとなかなか抜け出せないものだった。今まで陸以外なら、何をされても読書中は集中は途絶えないはずだったのに、彼の視線を感じると頭に文字が入って来ないのである。
 仕返しとばかりに見返してやると、釜播くんはバカだから気付かないし、相変わらず女の子にばっか媚びを売っていた。そんな釜播くんはやはり、好きではない。
 だが、毎日見ているとやはり、良いところは見えてくるもので。どうやらクラスで暗くて浮いている女の子が、釜播くんに告白したらしい。それを聞き付けた女子が、あんなに地味な子が釜播くんに告白するなんて文句を言い出した。理不尽だと思いながら、俺は無言で本を読んでいた覚えがある。もちろん、彼女らに反論すれば、それは彼女らを敵にするということだ。面倒なので放っておくと、陸が口を出そうとしたので止める。ここまではよくある話だ。
 本題はその後である。釜播くんは、地味な女の子を庇い、その女子達を怒鳴り付けた。釜播くんと言えど、怒鳴り付ければ人気は下がるし、女子も人数は多かったので、地味な女の子を助けても利益などない。あのモテることばかり考えている釜播くんが、一人のどうでも良い子を助けるためにそこまでするわけない、また格好をつけているだけだ、と思っていたが、地味な女の子に対して向ける眼でわかった。
 この人はただで人から好かれているわけではない。たしかにつくっているけど、元からの性格でモテてるんだって。
 そうなれば、俺が釜播くんを見る目も変わった。そうなると良い所ばかり目立つ。それが、いやだった。

 嫌われてると分かっているのに、その人から好かれて仲良くしたいなんて。
 本当に俺らしくない。

「あ、雄ちゃーん」

 だらだらと考え事をしていたら、陸の声で我に返った。どうやら図書室で本も読まずに、上の空だったらしい。陸は俺の向かい側の席に座って、図書室ということもあってか、小さな声で話し掛けてきた。

「あのな、明日バスケの試合あるんだ。見に来てー」
「いいけど。なんで今ここにいるの? 部活は?」
「…あはは」

 問い詰めるように言うと、陸は苦笑いする。俺は読んでもいないのに開かれた本を閉じた。
 最近陸がおかしい。陸は少し抜けた所はあるが、バスケは好きだったしどれだけ忙しくてもサボることはなかった。それなのに、ある日を境に部活になかなか行かなくなってしまったのだ。行ったとしても、今日のように早く帰ってくる。

「だって雄ちゃん待ってくれてるから、早く帰んなきゃっていけないかなーってさ」
「俺は待ちたくて待ってるんだ。本があればいくらだって暇を潰せるし、前だって普通に待っていただろう。なんで今になって気にしてんの」

 陸は言い訳をするのが得意ではなかった。俺が言い返せば、悔しそうに顔を歪めて机に突っ伏す。なにかあるな、と黙って顔をあげるのを待っていると、陸は泣きそうな声をあげて言った。

「ちょっとでも長く、雄ちゃんといないと、不安なんだ」

 静かな図書室に、切なげな陸の声が響く。周りには誰もいないため、透き通るように空気に馴染んだ。
 俺はそんな、陸の言う意味がわからないでいる。

「不安?なにが?」
「…俺と雄ちゃんの思い出が、塗り替えられそうだから」

 なにに塗り替えられるのか、聞こうとするが、陸は黙って席を立ってしまったので聞けなくなった。俺は本を返しに、本棚へ行く。
 よく考えてみれば、陸は俺といる時間を増やしていた。俺は陸が大好きだから何時間でもいて良いが、陸は俺とは違い他の友達の付き合いもあり、毎日ずっとはいない。陸が他の友達といる間俺は一人だった。それが当たり前である。それなのに、最近の俺は一人でいることがない。陸がいるからだ。
 きっと、陸は俺が一人でいるのがかわいそうだと思ってくれてるんだね。やっぱり陸は優しいな。
 俺は本をあった場所へと戻すと、入り口で待っている陸のところへと行く。

「雄ちゃん」
「ん?」

 二人で夕陽が差し掛かる廊下を歩き出すと、陸は眉尻を下げて俺をみた。なんだか陸がかわいく思えて、俺が優しく返すと陸は瞬きを多くして言う。

「釜播のこと、好きか?」

 いきなり出てきた釜播くんの名前にぎくりとした。陸が来るついさっきまで考えていた人物である。俺は陸の方を向けずに、どこだか分からないところに視線を向けて口を開いた。

「あんなやつ、好きなわけないだろう」

 自分すら誤魔化すように悪態をつくと、陸は疑いながら俺の顔をのぞく。俺は得意なポーカーフェイスを顔に貼り付けると、陸はそっかと納得して笑った。俺は安心しながら、ちいさく息をはく。
 そういえば、最近陸は釜播くんの存在を気にする。なにかと釜播くんと自分を比べたりするし、気のせいか俺が釜播くんを見ていると視界を遮るように陸が来たりした。
 確かに釜播くんを見ているけど、釜播くんと陸と比べたら、月と鼈のようなものなのに。
 俺はゆったりと流れる空気のなか、ぼんやりかんがえた。その横で陸が顔を歪めていたのを、俺は知るよしもない。







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