「か、釜播くん!」

 昨日も放課後にまったく同じ場所で、呼ばれた気がする。だが、今日は呼んだ相手は違うらしい。俺が振り向けば、少し怒った顔をした世間瀬が居た。
 そういえば今日、世間瀬は何回か俺に話しかけようとしていたが、構っている暇もないし、面倒だし、で俺は避けていた。俺からいちゃもんつけるのはいいが、こいつからだと少々屁理屈じみた所があるので逃げたくなるのだ。

「あ?」
「お前、昨日陸に俺がメダカの餌やりしてること言っただろう」

 あまりにも切羽詰まった顔で言うのだからなにかと思えばそんなことか。俺は素直に頷くと、世間瀬は信じられないといった顔で青ざめた。やかましいやつだ、俺が部活に行こうとすると世間瀬はまた引き留める。

「ちょっと待て!」
「んだよ、まだなんか…」
「なんで釜播くんがそんなこと知っているんだ、お前に教えた覚えはない!」

 びし、と人差し指を此方に向けて世間瀬はそう放った。ああそうだろう、俺も言われた覚えないしな。俺が勝手に目撃しただけだし、ああたしか二週間前?
 自分で確認した記憶があるので素直に頷けば、世間瀬は怒りか恥ずかしさか、ぶるぶると指をゆらしながら俺を見た。

「だ、だれかに言いつける気だろう! お前のことだからそうだろうね、俺がメダカに餌をあげたことを皆に言って俺を嘲笑うんだろう、ああすればいいさ!」

 …なんでこいつは頭良いのに、こういうときはバカなのだろうか。俺は耳を擦りながら、世間瀬を見る。だいたいメダカに餌をあげているからってなんだ、いいじゃねーか、動物に優しくするやつは女にモテるぞ。あ、メダカに餌あげる俺、想像でかっこいい。
 なんて、他のことを考えているころには世間瀬がようやく、俺の反応が世間瀬をからかうつもりがないと気付いたらしい。世間瀬は俺を指す人差し指をさげた。

「なにか…言いたいことでもあるの?」
「…誰がみんなにちくるっつったよ」
「っ、お前は俺を嫌ってるじゃないか、だからこれを皆に言って笑い者にするんだろう」

 だから、メダカだけじゃ笑い者にならねーし、いちいち気にするものじゃねーだろ。ていうか、子供か。
 どう説明していいものか、俺は必死に考えたがなかなか出てこなかった。待たせていたら口が達者な世間瀬はまたぐちぐちと言い出すため、早いうちに片付けたい。ならば、思っていることをそのまま言うかと、顎に手を添えた。

「俺、言うつもりなんかねーけど」
「へぅえ?」
「でもさ、バレてもいいじゃねーか。だいたいそこがお前のいいところなんだし、逆に皆に知って貰った方がいいだろ」

 な、と説得するように言ったところで、自分の言ったことが、今更ながらにじわじわと頭に入ってくる。思っていることをそのまま口にしたため、こんな奴を誉めてしまうことまでいってしまった。
 ば、ばか俺!
 自分を頭のなかで責めていると、前に縮こまるように猫背だった世間瀬は、みるみるうちにいつも通りに背筋を伸ばす。俺はじっとり、と見てくる世間瀬の方を見れないでいると、世間瀬はわざわざ屈んで俺の顔を見た。

「な、なんだよ!」
「…ありがとう」

 目を合わせて、手まで添えちゃって、俺を見て。なんだ、素直だ。いつもならこんなこと言ったら、憎まれ口をたたいて逃げていくのに。眼鏡の縁で隠れてしまった長いまつげに、スッとした鼻筋がかっこいい、なんてライバルのこいつに思っちまった。くそ、いつもならムカつくのに。
 だが、残念ながら俺にはムカついている余裕がなかった。喧嘩ばかりしていた相手がしおらしくなり、普通の顔を向けてきたのだ。さすがに動揺する。俺は自分の力が抜けていくのがわかった。そのため、立てないのではないかと言うくらい足は力が入らない。今にも倒れそうにふらふらする俺の異変に気付いたのか、世間瀬が俺の背に手を置いた。

「あれ、どうしたの、釜播くん。大丈夫か」
「いいいい、いや気にすんな! つか触んな!」

 ぱし、と手を払う音が鳴る。なんの音だ、恥ずかしさのために瞑っていた目をあけると、そこには俺に気を使って支えていたはずの手が、真っ赤になっていた。しまった、思ったころには世間瀬はいつのまにか俺をにらんでいる。

「なっ、こっちこそ触りたくないね! ナルシストが移る」
「はぁ?? ん、だと、コノヤロウ! 生意気な口叩くとメダカのことちくるぞ」
「うーわ、本性だしたね、その性格どうかしたらどうなの!」
「てめえーこそな、このくそ眼鏡!」
「今眼鏡は関係ないだろう!」
「だったらナルシストも関係ねーよ!」

 そしてやはりお約束の言い合いに行き着いた。叩いた俺も悪いが、優しくしたのに大袈裟に言うこいつも悪い。俺は食って掛かると、言い合いはさらにひどくなった。
 止めてくれたのは部活の顧問。昨日来ると言った俺が来ないのを不思議に思い探していたらしく、見つかったときには頭を小突かれ連れていかれた。その時世間瀬はなんとも言えない顔をしていたので、俺もきまずくなってしまい言葉を交わさなかった。世間瀬も俺と顧問が話し出したころにはその場から居なくなっていた。

 た、たしかにいいところ、ちょっと、ちょっとほんのちょっと見れたけど、あいつのどこがイイヤツなんだよ。やっぱりわるいとこしかねーつっの! こんの、猫かぶりが!






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