夏の体育館は蒸し風呂だな。
 俺は先ほど終わったバスケの試合を思い出し、体育館から出て外の水道でタオルを濡らした。そのタオルを頭から掛けると、後ろから視線を感じる。
 あえて言おう、俺は今、究極にモテている。中学では目立たなかったが、高校はどうやら俺のすばらしさにやっと気づいたらしい。まあたしかに、このクールで良くできた顔立ち、スッと伸びた背、誰にも抜けない抜群の体力。注目はせずにいられないだろう。
 俺は後ろの視線がもじもじしているのを感じて、仕方なく俺から話しかけてあげることにした。綺麗な笑顔を作り振り返る。

「どうかした?」

 そこには俺を見つめた女の子二人が、タオルを握りしめていた。やはり俺目的。どうやらタオルを渡したかったようだが、なかなか話しかけられなかったらしい。今時珍しい恥ずかしがり屋さんだな。俺は可愛く首を傾げると、女の子二人は同じタオルを持ちながら俺に渡してきた。

「ん、くれるのか?」
「は、はい! あの、私たち釜播先輩に渡したくて…」
「きみたち、一年の子でサッカー部のマネージャーだろ。バスケ部までわざわざありがとう。」

 俺はとびっきりの笑顔で返す。女の子たちは目を合わせながら、失礼しました、と走り去っていった。俺はそのタオルを首にかけて、頭に掛けたタオルを見やる。
 あの子たち、俺をすきになったな。
 俺は鼻で笑いながら、濡れた髪をかきあげた。水もしたたるいい男、まさに今の俺のことである。見よ、この肉体美。お腹だって割れてるんだぞ、これを見せつけずにどう過ごすんだ。
 俺はユニフォームをめくりながらにやにやしていると、後ろから肩を叩かれる。

「また自分に見惚れてるの? 釜播くんも随分暇なんだね」

 後ろから聞こえる優しい口調に、目尻がぴくりと動いた。こんなに生意気なことを俺に言うのは、あいつしかいない。
 振り返ると、そこにはずどーん、という効果音が似合う男が眼鏡を上げ、短い髪をくしゃりと揺らして立っていた。

「世間瀬か…。ちっ、俺は暇じゃない! ついでに見惚れてもいないぞ、俺がかっこいいのは今に始まったことじゃないしな」
「…もうお前の頭は手遅れだよ」

 頭を抱える世間瀬、本当のことを言ったまでなのに何故そんなリアクションを取る。このやろう。
 世間瀬はこの俺のモデル体型を抜く、隠れモデル体型である。
 世間瀬は人懐っこい笑顔を持っているが、極端に仲が良い奴とずっと二人きりの行動しているせいでクラスの奴等とあまり話さない。話さない奴等はもちろんこいつに注目しないので、ほぼ全員はこいつのかっこよさを分かっていない。182cmという長身(俺より6センチもでかい)とこの足の長さ、程よい筋肉バランス、そしてなにより、黒縁眼鏡が俺より似合うとは何事だ。こいつに黒縁眼鏡が似合う男ナンバーワンを取られてから(ついでに俺基準のランキングだ)、不本意ながらだて眼鏡を止めることとなった。
 色々と俺の邪魔をしてきて、負けたわけではないがどことなく悔しいので俺はこいつを嫌いになった。

「てめー、やっぱり自分の方がかっこいいとでも思ってんのか。残念だったな、クラスの女子は全員俺に注目してるぜ」
「あのさ、思ってないし、女子なんて気にしてないから。くだらないし」

 くだらない、くだらないと言ったかこいつ!
 俺がじりじりと睨み付ければ、世間瀬は呆れたようにため息をつく。俺はこの世間瀬の態度が嫌いだった、俺のことを見下しているようだからだ。
 他のやつらには数少ないが話せば愛想笑いと言えど可愛らしく笑いかけるくせに、俺には皮肉な性格で当たる。そして女の子の目を気にする俺をわらっていた。まるで自分は興味がないと言って、大人ぶっているように見える。
 高校男児で女子を気にしてない奴など実際いない。いたとしたらそれは何かの病気だ。だが世間瀬は病気じゃない、ということで世間瀬は嘘をついてクールを演じているということになる。
 ああ本当に気にくわない、ここまで気にくわない人間ははじめてだ。

「くそ、真面目眼鏡ちゃんめ。そんなんだから彼女できねーんだよ、童貞」
「ど、どうて…! うるさい、はしたないぞ」
「おいおい、その反応…まじで童貞なのかよ。だっせー! 俺が良い子紹介してやろうかあははは!」
「うるさい! 興味ないって言ってるだろ」

 顔を真っ赤にして怒る様からして、自分を童貞といっている。バカだ、いつもはこいつに口では負けてしまうが、こういう内容ならば負けない。しかもこいつ、なかなかからかいがいがある。
 俺は世間瀬の肩を持って逃がさないようにすると、世間瀬は必死になって逃げようとする。逃げるなという意味を込めて世間瀬の息子を握ると、世間瀬は真っ青になって固まった。

「ん、お前でけーな」
「釜播くん」
「え?」
「今何をした」
「握ったけど?」

 俺が手を動かすと、世間瀬の顔はまた赤に染まった。赤から青になって、また赤になるとは世間瀬の色素も大忙しだなと笑ってしまいそうになる。
 だが世間瀬はふざけどころでは無かったらしい。俺のお腹を殴ると一メートルくらい距離を置き、半泣きになりながら指を差した。

「なんなんだ、くそ! だからお前はやりちんって言われるんだよ!」
「童貞言われて真っ赤になってたやつがそんなん言うんじゃねーよ! つーか裏でそう言われてたの、おれ! でもまあ触ったくらい、別にいいじゃん。」
「良くない! だいたいお前はデリカシーがなさすぎるんだよ!」
「いちいちうっせーな。あ、お前どっかでその反応見たと思ったら、はじめて胸さわられた女の子みたいな反応してんぞ! はははは」

 は、と笑いを続けようとすると、ぺちん、と聞きなれない音がした。じんわりと痛みが増してくる。何をするんだと前を見れば、世間瀬が手を浮かしたまま俺をにらんだ。

「クズが」

 本当に軽蔑したような目で俺を見る世間瀬。心底俺を嫌っている顔だ。俺もこいつが(大)嫌いだが、さすがにここまでされるとショックだ。
 いやいやいやいいや、まずそんな酷いことはしてないし、しかも触っただけでそんな反応するとか、お前は女か、女なのか!
 俺が混乱しながら考えていると世間瀬はぷんすか怒り、俺の前から消えていこうとする。だがぴたり、と止まって、拳を握りしめながら振り向いた。

「それと女みたいとか言うんじゃない、しつれいだぞ」

 …なんだそりゃ
 言い終わると、長い足を大きく伸ばして早歩きであっという間に消えていった。そういうところ気にするのが女みたいと言おうとしたが、面倒になりそうなので止めておいた。
 だが今日はいいことが知れたものである。

「くくっ、あんな顔するなんてな」

 あれほど俺に憎まれ口を叩くやつが、触られただけで狼狽えるなどネタにできそうだと笑ってやった。
 かわいいところもあんじゃねーか。
 こんなところも、もしかしたら俺しか知らないのかもと思うとなぜか嬉しかった。

 …うん、でもクズってなんだ。あいつやっぱムカつく。死にやがれ。




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