会田心視点

「雨凄いですね」

 もう電気もパソコンの液晶の光も消えて、暗いオフィスの中、清野がそう呟いた。俺もつられて窓を覗くと、雨は斜めに降り窓もガタガタと音をたてる。窓の下を見れば、道路に歩く人々は傘が折れたのか、雨に濡れながら帰っている。

「濡れて帰るか」

 俺が諦めたように言いオフィスを出ると、清野も静かに頷き俺の後ろについてきた。
 もう少しだけ、早く帰っていれば状況は変わっていたはずだ。今日に限って残業とは、運がないと俺は肩を落とした。
 だが、覚悟はしていたけれど、この酷い雨を見るとどうも足を踏み出す気なれない。たかだか駅まで10分と言えど、このまま歩いて濡れた体で電車を乗れる気はしなかった。しかも濡れて明日、代わりのスーツならあるが、靴が濡れてしまっては替えはない。
(新聞でも詰めとくか。)
 高校の時に母親に言われた知恵を、社会人になってから発揮するとは、などと考えると共に対処法を考えた。

「会田さん、さようなら」

 隣から暗い声がする。そちらを見れば、清野が困ったように笑っていた。
(なんでさようなら、なんだ。)
 いつもならば、そのまま一緒に駅に向かうはずだ。俺はそんな疑問をもちながらなかなかさようならを言えずにいた。そんな俺を見て清野は、ロビーにある何個も並ぶソファーに座ると鞄を置く。

「俺の家、結構最寄り駅からも遠いからこんなじゃ帰れませんし。タクシー代も持ってなくて」

 どうしようかな、と苦笑いする清野は無理しているように感じた。相づちをうって外に出るタイミングを伺う。だが、後ろを見て暗い清野を見ていると、俺も自然と清野の隣に座っていた。
 清野がこちらを向いたのは感じられたが、気づかないふりをして腕を組み、目を閉じた。このまま少しこいつと待っていても大丈夫だろう。
 だがしばらくしても、清野はまだこちらを見たままで、寝心地が悪かった。耐えきれなくなり清野を見ると、清野は目をそらして俺にいった。

「帰らなくていいんですか?」
「濡れて電車に乗りたくはないし、タクシーに乗る金がない。」

 タクシーにも乗れない、これは真っ赤な嘘だ。確かに手持ちはいつもより少なかったが、自分の家に帰る分はあった。
 だが、清野の家までがあるかはわからない。ここで先輩だけのこのこと帰り、困っている後輩を残すのは正直気が引けた。仕方なく、こいつと残ることにする。節電の為か、何個もあるなかの二つしかついていない電球を見つめた。

「会田さんは、彼女作らないんですか。」

 いきなりの質問に、俺は答えが遅れる。本当にいきなりだ、色恋沙汰の話は上司にふられるだけで他はあまりしないので、より、答えが出せなかった。

「作らない、というよりできない」

 情けない話、そうなる。
 もちろん、女性は好きだ。だが女性と話すのは苦手だし、なんせ俺は不器用ですぐに嫌われてしまう。ならば、話さなければいいと無口を演じている。そうすればましになるかと思いきや、もっと交流の場が狭くなったのだ。

「うそだ。会田さん、女の子達が、かっこいいって言ってましたよ」
「…なんだ、それ。だが、話されたことないしな」
「それは会田さんが壁作ってるからですよ」
「そう、なのか」

 言えば、清野は少し嫌な顔をした。
(…幻滅された。)
 憧れの先輩がなんで自分に情けない顔をして相談しているんだ、とおもっているのだろうか。俺は清野が思っているように出来た人間じゃない。出来れば、かっこいいと思われたままが良かったのだが。
 気まずいから口を開こうとすると、それよりも先に清野が口を開いた。

「…頑張ってください。会田さん、かっこいいからすぐ彼女できますよ」

 いつものように笑う清野は、なぜだか泣いているようにみえた。


「きよ…」
「清野!」

 名前を呼ぼうとした瞬間、聞きなれた声が俺の代わりに清野を呼ぶ。そちらに目を向けたが、暗くてよくは見えなかった。なんだなんだ、と思っていれば大きな足音を立ててその人物が清野の前に立つ。
 じ、とよく見てみればそこには、井島田が心配そうに顔をして立っていた。井島田なら早上がりしたはずなのに、何故ここにいるのだ。思っていると、井島田も俺に気付いたようで、見下すような顔で俺と清野を交互に見る。
(さっきの顔と全然違うし、俺一応先輩なんだが。)

「…なんで会田サンもいるんですか」
「俺も残業だ」
「あ、そうだっけ。」

 どうやら井島田は俺のことはアウトオブ眼中だったようで、笑いながらそう告げた。前から井島田の態度はこうなので、今さら直す気にもなれない。

「なんで井島田いんの? こんな雨のなか。」
「わすれもの。」

 清野の問いに井島田は首をかきながら、答えた。忘れ物、彼がするか、と思うがこんな雨の中来るのだから本当にしたのだろう。驚いて未だ立てない清野を無理やり立たせると、肩を一度叩いてから、俺を見た。

「よかったら二人とも俺の家来ます? 俺の家、近いんで」

 それは助かる。
 お世話になることにした。









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