次の日、照里は足を引きずりながら歩き、教室に入る。遅刻か欠席か、まだ分からないが席がいくつか空いているのが見える。
幸い、柳田はその中には含まれておらず、きちんと後ろから三番目の席に座っていた。照里は気づかれないくらいの安心したためいきをつき、教壇に名簿を置くとボールペンを片手に開く。
「はーい、出席とります。相原啓ー」
照里のやる気のない声に緊張がほどけたのか、1年の一部は笑いながら返事をした。一人一人チェックしていくと、やはり、皆は留年した柳田が気になるのか、そちらに目を向けている。
注目を浴びている本人は、どうやらお疲れのようで、机に顔を突っ伏していた。
「柳田、灯」
一斉に柳田の方へと向く生徒たち。だが期待はずれに彼は寝ていたようで、返事はないままだった。
だが照里はわかっていたので、そのまま次の者の名前を呼び、そのままSHRは終わる。そして、教室から出ようとした、が、生徒が出口を塞いで出れなくなった。
「先生、何歳ー?」
「なんか大学生みたいー!」
照里の前にはスカート丈は短くして頭の色は非常に明るく、学校指定以外のネクタイを着けて、もうこのクラスに馴染んでいるような女子が立ち塞ぐ。照里は面倒と思いながらも、にこやかに返答した。すぐ終わるはずかと思ったのだが、彼女たちは調子を良くして、質問は淡々と続く。
てるてる、そろそろ限界デスよ。
顔がひきつってるのが自分で分かるようになったとき、後ろから盛大に椅子を引く大きな音がした。つられてそちらを見ると、どうやら立ったのは柳田のようだ。
先ほどまで賑やかに話していた皆が静かになっても、柳田は気にせず立ち歩き、照里の前に来た。柳田は下を向いているので、顔色は伺えない。柳田の歩く様に、照里を囲む女子も思わず跳ね退いた。
すると柳田はあくびをひとつ、する。
「照里先生、ちょっと話あんだけど」
さっきまでの雰囲気はどこへやら、柳田は眠そうに、そして穏やかに言うと、皆、安心したように話を続けた。
それを見て照里を囲んだ女子が一人、柳田に微笑みかける。
「柳田さん。一年間、よろしくおねがいします。」
「あ? うん。てか、タメ語でいいけど、めんどいし」
「あはは、めんどいって。じゃあタメ語で。ありがとう!」
それからまた他の女子が入り、親しく続く会話に照里はこれからの柳田の生活が悪くならないと分かり、安心したが、なんだか面白くなかった。柳田は前も一匹狼という感じだったので、女子と話しているところもはじめてみるのだ。
なんか、なんなんですか、これ。おいてけぼりですか。
照里を構って面白がっていた女子達は、完全に柳田の方を向き楽しんでいる。照里は目を細めながら目の前で話す柳田を見て、もやもやとなにかが浮かぶのを感じた。照里は面倒だとそんな感情も気にせず、これをいいことに黙って出ていこうとしたが、足が縫い付けられたように動かなくなる。
何故だが今の状況に苛つく自分がいた。
このままじゃ埒が明かない。
誰も聞こえないくらいの大きさで舌打ちすると、女子の間から手を伸ばして、柳田の腕を掴む。
「じゃ、用があるからまたね。」
笑顔を忘れずに、照里はそう残すと、柳田を引っ張りながら廊下に出た。女子もさほど気にしていないようで、自分たちで話始める。それを見て、心が落ち着くのがわかった。
柳田を連れて廊下を歩くなか、一時間目が始まるチャイムが鳴る。柳田はそれを聞いて、照里の名前を呼んだ。
「なんですか?」
「な、なんですかってこっち言いたいよ、いきなり腕引っ張りやがって」
「お前が話あるって言ったんでしょー」
「だけどっ、いや、あの、とりあえず、腕離せ!」
柳田は必死になりながら、顔を真っ赤にして叫ぶので、照里は腕を離す。すると照里が掴んだ所を痛そうに擦りながら、柳田は目を伏せた。
二人して無言になる。照里も自分が何故必死になり、柳田の腕を引いたか分からないからだ。
照里は理由を考えながら腕を組むと、柳田は照里に背を向ける。
「あれ、教室に戻るんだ」
「当たり前だろ、さっきチャイムなったし」
「だーかーら! 話あんじゃないの、だから連れてきてあげたのに」
誰でも分かる、これは後付けだ。照里はその場で、そんなことを考えている暇もないうちに、手が出ていたからである。だが、柳田は分かっていない様子で、壁に寄りかかると、あー、と言葉を濁した。
「別になんもねーよ」
「は? じゃあなんで呼んだんですか。」
照里が眼鏡を外し磨きながら聞けば、振り向きながら話していた柳田は、前を向き顔を隠す。なにかと思えば、頭をくしゃくしゃとかいた。
「照里が、女共に囲まれて困ってるみたいだったから。」
ほんのり、柳田の耳が紅くなるのが見える。照里は眼鏡を掛けて見るが、やはり見間違えではないらしい。前に向いたのも、きっと赤くなった顔を見せないためだろう。
ほんと、照れ屋だな。
前から知っていた、外見とはかけ離れた性格に隠れて笑いながらも、自分の可愛い生徒を遊ぶことにした。
「別に困ってなんかですよー」
「はあ!? だって、お前なんか嫌そうに…」
「女子高生可愛いなって思ってただけだけど?」
「…っ! お前ホントに教師かよ、いつか捕まるぞ、変態め!」
ふん、と鼻を鳴らす柳田に、照里は自分の冗談にまんまとひっかかるのでまた影で笑う。そして、あらかじめ用意しておいた話を、怒りながら歩き出す柳田に照里はにやにやしながら話した。
「ところで柳田くん」
「んだよ!」
「遠足行かない人は、課題、国語のプリント2枚と社会4枚、生物4枚、あとね」
数学、18枚だよ。
言えば、柳田は固まっては? と、また振り返る。柳田は普段通りの目付きの悪さを数倍にも越えて、照里を睨み付けた。それを見て待ってました言うでもかのように、指を立てながら言う。
「課題の地獄とまた同じ場所に遊びに行くのどっちがいい?」
「ってめ!」
そして眼鏡をあげて真っ青になる柳田にわらいかけた。
「それに、俺は柳田に来て欲しいんですけど」
柳田がまた赤く戻るのを見て、照里は満足そうに笑う。
これで彼のこれから出す答えが、さっきまでの答えと違くなることは明瞭だ。