そこまで言うと桐間は止まり、春の手を取った。そこには男がつけた手の後が痛々しく残っている。桐間はそれを見ながら、顔をしかめるが、優しい顔にかえて春を見上げた。
「それより、俺は嬉しかったんだよね。お前の言葉が、嬉しくてさ、泣きそうになったの。だから泣くなよ、謝るな。俺の方が謝りたいんだ」
守れなくて、ごめんな。桐間は手のあとを撫でると、頭をぶらりと下げる。
泣くな、と言われても春も嬉しくてますます泣けてきた。桐間はそのあいだ、なにも言わずに眼鏡をはずすと、その涙を拭っている。拭われているのも、どこかうれしかった。
一息ついて、春は泣き止もうとすると桐間は笑いながらぶさいく、と言う。たしかに今の春の顔は体の水分でぐちゃぐちゃになっていた。桐間は近くのタオルを取ると、春の顔をいたいくらいに強く拭いた。
「ありがと、ちょっと痛いけど」
「お前にはこのくらいが丁度いいよ。」
さっきまで優しい桐間はどこに行ったのか、鬼のような顔で言う。春は痛いと思いながらも、ふかれているのがうれしくて、なにも言わなかった。
そこで、ふと、間が空いて、ふと、視線が合う。
春は恥ずかしくなり目をそらした。桐間があまりにも真面目な顔をしていたのと、今の雰囲気は普段二人の間に流れる雰囲気とは確実的な違いあったからだ。
なんていうか、今の、まるでキスするときみたいな…。
そこまで考えて、春は首を振った。告白したとき、桐間にはきちんと『お前の気持ちには答えられない』と言われたばかりである。それなのに期待したなど、桐間にバレたら春も恥ずかしいからだ。
「そろそろ父さん来たかな」
どうにか話を作ろうと、春は周りを気にするように言う。だが、ベッドの下にしゃがみこんで首を下げている桐間は反応しないままだ。
「桐間?」
期待したのがばれただろうか。どきどきしながら桐間を揺らす。すると、桐間はやっと動き、顔を上げた。
また、桐間は春をゆっくりと見据えて、
ゆっくりと、口づけた。
春は目を見開いて現実を見る。夢なのではないか、首を閉められて気が動転してるのではないかなどと考えるが、桐間はそれを否定するように音を立てて離れていった。
「え…」
桐間は何も言わずにベッド手をかけて立ち上がる。ドアを開けて廊下を見ると、親父さん来てないよ、とだけいう。
春は、と言うと、桐間の言葉など聞いているはずもなく、真っ赤に染まって口を押さえていた。信じられないが、唇がまだ熱い。これは現実であるのだ。
「き、りま。」
「…なに」
「今、きす、した?」
「した」
ポケットに手を入れながら、開き直ったように言う。桐間の動く口を見て、あそこに触れたのだと考えると、頭がくらくらと揺れた。
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