「さて、成績のことだが」
生徒指導室に着くと、ソファーの間にテーブルを挟んで向かい合わせに二人は座った。成績のグラフを出してから手を組むと、男は担任の顔のまま話を続ける。
さっき、感じたのは気のせいだったのか?
春は今までと同じ男に違和感を感じつつも、しっかりと話を聞いた。
話は所謂成績が極端に下がったことについて。春は普段成績は良くないが、赤点を取るほど悪くもない。バカではあるが今まで浩がいたために、勉強のポイントは押さえられていた。普通より少し下と言えよう。
だが2年の1学期、つまり今、急激に下がり赤点を取っている教科の方が多いとのことだった。春もそれは気付いていて、なによりついこのあいだ返されたテストで味わったばかりだ。
唸りをあげる春に、男は顔をのぞきこむ。
「成績が下がった理由は、なにかあるのか?」
春はびくり、と肩を震わせた。そして、聞かなくてもわかっているくせに、と同時に思う。
そう、春が成績が下がったのは桐間のせい、とも言える。春が勝手に桐間について考え悩んだせいだが、男はそのことについて知っているようだった。きっと理由を吐かせ、桐間にいちゃもんをつけるつもりなのだろう。春は精一杯、男から目をそらした。
「理由なんかないです、あ、強いて言えば新しいゲームにはまってしまいまして」
「しゅん、嘘はよくないぞ」
「うそ? そんなわけないですよ。先生にも貸してあげま…」
「いいから答えろ!」
男はテーブルを叩きながら声を上げる。テーブルに乗った花瓶ががたりと揺れた。
春は反射的に耳を塞ぎ目を瞑る。
心臓がどくどくいってる、こわい、こわい!
いつもは温厚な男がこんなに声を上げたのははじめてであった。そして二人きりというこの環境が恐怖感を煽る。
耳を塞いでた春はしばらくしてから部屋が、しん、となったのが分かる。耳の手を外して、目をゆっくりと開けると目の前には男の顔があった。
「ひっ…!」
逃げようとする春の手を素早く掴み、テーブルに乗り上げて春に近づく。いやいや、と首をふる春ににやり、と男はわらった。
「しゅん、お前は良い子だったのにな。いつから変わったんだ。やっぱりあんなやつと一緒にいるからいけないんだろうなあ、美奈子の子、だけど他の男が孕ませた餓鬼だ、ああ、忌々しい!」
笑った顔は一瞬で歪む。春は男が悪魔に見えるほど、男は憎しみに燃えていた。距離を取ろうと春は男から逃げるが、だんだんと近寄ってくる。
「やめろ、はーなーせ! きもちわりい!」
「気持ち悪い? しゅんがそんなこと言わないよな。うん、やっぱりあの、桐間のせいだよな。」
「はぁ、違うしな! お前頭おかしいだろ、くそ!」
「おかしくなんかないぞ、俺はただ美奈子に会いたいだけなんだ。なのにあの野郎、居場所は知らねえだとよ。あいつ使えないだろ。でもまあ、仕方ないよな、捨てられたんだし」
男は笑いながら、春の手をまた強く握りしめて言う。男の言葉を聞いて抵抗していた、春の手は止まった。自分の青くなる手首をよそに、春は男を睨み付ける。男はとぼけた顔をした。
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