春は黙って彼に引かれるまま歩いている。彼の力は春の有無を気にしているようだが、春も彼と話したかったので抵抗はせずついていくとその力は強くなった。
 蝉の鳴き声が聞こえるなか、彼はようやく話す場所を見つけたらしく、大きな木の下でとまった。ここだと風がほどよく気持ちがいいし、木が影を作ってくれる。春は段になっている花壇に腰を掛けながら彼を見た。彼もしばらくして隣に座る。

「この前はありがとうございました。本当に助かりましたよ」

 前と同じ、暖かく見とれてしまうくらいの笑顔で春に笑いかけた。春は彼を礼儀の正しい男の子だと思った。共に王子みたいだと思う。少女漫画に出てくる優しくて、いつも主人公の女の子がピンチになったときに現れてくれる、素敵な王子さまだ。
 それに比べて、桐間は冷たくて酷いよな。笑っちゃうほどに。
 こんなひとを好きになっていたら、優しく断られて傷つくことも少なかっただろうに、と春はため息をつく。まあ、桐間だからこそ、男なのに関わらずすきになったのだが。と、そんなことを考えていたら、返事をすることも忘れていた。そんな春に、彼は顔をのぞきこむ。

「あのー…?」
「あ、いや、その! やっぱ君かっこいいね、名前何て言うの!」

 しみじみと桐間が好きなど考えていた、とは言えるはずもなく、咄嗟にどこぞのナンパが下手な大学生のような言葉で話してしまった。春はあたまを抱えたくなるが、その言い方が彼には面白かったらしい。リラックスしながら、彼は言った。

「柏島(カシワジマ)、木葉(コノハ)って言います」
「柏島木葉か、名字長いな。」
「あはは、よく言われます。名前で呼んでください」
「おっけー! よろしくな、木葉!」

 春が肩を叩きながら、木葉に笑いかける。春が笑ったのを見て、木葉は石のように固まった。春は応答がない木葉を首を傾けながらみるが、木葉は口元を隠し、そっぽを向く。そして一度咳払いをしてから、また元の表情に戻り、春を見た。

「先輩のお名前は?」
「ん、ああ尾形春って言うの。みんなからはしゅんって呼ばれてるぞ!」

 なんでだか、春は自慢気にいうと木葉は少ししかめ面をしながら、考える。
 そして何を考えたのか、しかめ面がだんだん朗らかになり、木葉は春を見た。

「では先輩を、春と呼ぶ方はいないんですね?」

 春はそうだ、と言いかけるが、少し悩む。たまに真剣な話の時には龍太や浩が呼んだりするが、それは呼んでいるとは言えない。確かに誰も呼ぶ人は居ない。だが、それは桐間と会う前までの話だ。
 桐間、最近名前でよんでくれるな。
 桐間はしゅんって呼んで、といっても嫌な顔をするだけでお前やおいだけだ。名前を読んでくれたと思えば春。まあ本名だがかわいらしいのでしゅんがよかった。それを言えば、お前には春が合ってるなんて言われた。
 なんでだろ。
 桐間の言葉に深い意味は無さそうだが、やっぱり気になった。だが、いま考えることではない。また桐間のことばかり考えていて、木葉をほったらかしにしていた。春は慌てながら、木葉の言葉に答える。

「まあそうなるな」
「…本当、ですか?」
「うん、親以外」

 春が冗談混じりに言うが、木葉は返事しか聞いていない。春がうん、と答えた頃にはすぐに立ち上がり、もう一度目をほそめ優しく笑い掛けながら、口をゆっくり開いた。

「ではもう行きましょうか、春さん」

 風がゆらりと吹いて、春は目を細めた。太陽が木葉と重なり木葉の顔が見えない。また柔らかく笑いかけているのだろうか。春はどこか頭の隅で考えながら木葉が大きく差し出した手を、なにも思うことなく受けとる。


 前に立っている王子が、満足そうな顔で春を見下ろしていることも知らずに。





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