「は。」

 桐間が聞き返した声で、春は我に返った。なにを言っているんだ、と顔を隠してももう遅い。
 桐間は勘が鋭いのだ、気付かれているだろう。フォローの仕方すら迷って、桐間から逃げようとするが、がっちりと桐間に捕まれてしまう。口が妙に渇く。

「いや、その」
「なんだよ、いきなり」

 春は言い訳をするために、しどろもどろしながら桐間を見た。桐間はこちらも見ている。
 かちり、と目があって、春は桐間の顔は歪んでいたことがわかった。目は細められていて、春をしっかりととらえている。

 ああ、俺の気持ちは迷惑だったのか。

 街灯がかちかちと光を曖昧にさせる、自分の熱が退いていくのがわかる。
 ああ、なんで言ってしまったんだろう。桐間は、俺から言われても気分が悪いだけなのに。
 春は勢いに任せて言ってしまったことを、いまさらながらに後悔した。桐間から一生懸命目をそらして、地面を蹴るようにただ前に進む。

「いや、あの、気にすんな。今のは深い意味は無くて」

 そう言うだけで、精一杯であった。うまくフォローもできないのに、よくも言えたな、と自分を誉めたくなる。一瞬だけの勇気と希望であった。それは今となっては、消え去ってしまう。
 春の声を聞くと桐間は、酷く傷ついた顔をしていた。

「わ、分かってるよ。深い意味、とか。本当のホモじゃん」

 春を持っていた手の力を抜けいくのが分かる。その桐間の声は震えていた。そんなに、本気で言った春を軽蔑しているのか。
 春は桐間の手から逃れる。その場にいてこれ以上なにかを口走り、桐間に嫌われるのが怖かったからだ。そして桐間を好きな自分を、否定してほしくなかった。
 伝えなければ良かったと思う。今まで自分のことしか考えていなかった。伝えた方はすっきりするかもしれないが、相手は男。伝えられた方は迷惑でしかないのだ。

「ごめ、本当にごめん」

 その謝る言葉が告白を肯定に近づけると分かっていても、春は桐間に謝る。桐間は下を向きながら、謝る春を置いて、じゃーなとだけ言って背中を向けた。
 遠くなっていく桐間の横顔、追いかけられない春の足。
 それは、二人の心の距離を表すように感じた。

 どうせ気持ちを気づかれたならば、最後まで好きと伝えれば良い。そうわかっていても、言い訳ばかりが出てくる。桐間に迷惑が掛かるからもあるが、最後まで本音を言えなかったのは、桐間に嫌われると思うとなにもできなくなったからだ。

 弱虫は踏めば踏むほど、沸き上がるようで、春は桐間を目で追うことすらできなかった。





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