「なんかね、どうしても、父さん思い出すんだよね。力強く引っ張られるとさ、もうだめだわ」

 桐間らしくない、弱気な発言。プライドの高い桐間がこんなことを言うのだ、本当に怖いのだろう。そして今、体育祭の謎が解けた。龍太が強く触った瞬間、桐間はなにかに恐れていた。あれは、きっと龍太と父親を重ねていたのだろう。だが、そのあとすぐに春に触ってきた桐間。不謹慎ながらも、今さら分かる特別に嬉しくなってしまう。
 桐間は似合わない苦笑いをすると、あとさ、と話を続けた。

「先生いんじゃん、あのしつこい担任。たしかあいつと俺の関係知りたがってたよね。」
「あ、ああ、うん」
「あいつ、俺の母親の浮気相手。あいつのせいで功士は捨てられたんだよ」

 頷く暇もなく、桐間は春に話始める。衝撃的な話に春は桐間を見つめた。だが、そんな過激な家庭にいた桐間本人は気にしていないような顔をしている。
 桐間は舌打ちすると、めんどくさそうな顔をした。

「二人とも、親って呼べねーよな」

 なんで、そんな悲しくも泣きそうな顔でもない顔で言えるのか。これが慣れというものではあるが、春はそれが信じられなかった。
 表情が変わったわけではないのに、桐間の横顔は寂しく見える。それが妙に悔しくて自分になにか出来ないかと、春が手を伸ばせば、桐間の頬に容易く届いた。一度驚いたようにはなれたが、すぐにそのままに戻る。春は桐間のほほを包むと、桐間は目を細めた。

「辛かったよな、大丈夫じゃないよな。」

 春のじんわりと、視界が滲むのが分かる。泣きそうに顔を歪める春を見て、桐間もつられるように顔を歪めた。
 時間が止まった、気がする。
 すれ違う人混みのなか、人目を気にせず泣きそうになる春を、桐間は下を向きながらまた舌打ちした。

「ばかかよ、なんで泣きそうになってんの。」

 手退けて、言いつつも抵抗はしない桐間の頬を春が一度撫でると、桐間は唇を噛み締める。撫でた手を桐間が持つと、自然と見つめ合う形なる。
 そこで春は気付いた。自分はかなり恥ずかしいことをしていると。
 春が急いで手を離そうとすると、桐間がそれを拒む。目を向ければ、桐間は情熱的な瞳を春に向けた。
 春は一瞬、自分は止まったのだと思うくらい、射止める力がある。

「お前になら、触られても何も感じないのに、なんでだろう」

 ただの確認だと分かったとき、春は雰囲気的に何かされるのではと思っていたため、恥ずかしくなって手を振り払った。そこまで強くないので、桐間の手はそのまますり抜けてポケットへと入る。
 だんだん赤く染まる自分の顔を、鏡を見たわけではないのに痛いほど分かる春だった。

 そのあとしばらくして無事にお花を功士の誕生日に届くように手続きした二人は、どこか疲れたように歩く。花を買うのは、男子高校生には少々恥ずかしかったようだ。
 それにしても、今日の桐間はいつもより饒舌だ。もしかしたらこれが本当の桐間かもしれないが、いつ冷たかった頃の桐間に戻るかわからない。春は横目で桐間を確認する、先ほどの切なる空気はどこかへ行った。電話番号を聞くのも今しかないと、春は口を開こうとすると、先に桐間が話を切り出す。

「あ、そういえば明後日テストじゃん。お前、出来んの?」
「あはは、できるわけないだろ」

 春は胸を張って言った。そういう答えがくるのも、春が自信満々に言うのも桐間はわかっている。だからこそやはりな、あきれながらも笑う桐間であった。




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