「んだよ、なにしょぼくれてんだ」
「いやいや、しょぼくれてなんか…」
「あっそ。あ、つーかさ。」

 春を気遣ったと思えば、興味の無さそうに話を変える。春は桐間の一言で気分が上がったり下がったりと、振り回されている状態だ。桐間は春が何を言っても話しごと流してしまうので、なんだか不公平な感じはしたが、これが惚れた弱味である。
 すると桐間は、びし、と春を指差した。

「今度から起こしに来なくていいから」

 やだ、即答しそうになるのを抑えて春は桐間を見る。桐間は目をそらすだけであった。
 あ、やっぱりうざいのかな。
 春はまた肩を落とす形になる。いつの間にか着いた駅のホームで、春はひとり電車を待った。その後ろで桐間は不思議そうな顔をしている。なんだその顔は、春は思わず怒り気味にいってしまいそうになるが、言っては桐間の逆鱗に触れそうで、あと一分後に来る予定の電車にいらいらした。八つ当たりである。

「なあ、聞いてんの? 来んなよ?」
「っ、わかったよ!」

 一回だけでショック受けているのに確かめるように桐間が言うので、春は思わず強く言い返してしまう。桐間はその言い方に驚くが、すぐにあっそ、とまた興味無さそうに目をそらした。
 電車はすぐに目の前に現れる。春と桐間は乗り込むと、いつものように人混みを通り抜けて向かい側のドア側へと逃げた。春がドアに背を向けて寄り掛かると、いつもなら隣に来て同じく寄りかかるはずの桐間が向かい合わせに立っている。違和感を感じて、桐間の袖を引き隣に移動させようとすると、ガン、と春の右の耳元に桐間の手が掠めた。
 咄嗟に目を閉じてしまったので、ゆっくり開けると、目の前には桐間の顔がどアップにある。春は驚いて左に移動して桐間から離れようとするが、次は左にも手を置かれた。逃げられない。況してや、肘を曲げて手をついているので、顔は付きそうになっている。
 春は一生懸命顔をそらすと、桐間は不機嫌そうに顔を歪めて舌打ちした。

「なんだよ、なんでおこってんの?」
「お、怒ってないよ」
「怒ってんじゃん、ストーカーのくせにむかつく」
「だからちがう、って! き、桐間、離れろ、近い」
「後ろから押されんだから仕方ないでしょ」

 確かに後ろから桐間は押されているようで、不機嫌さが増している。春は自分が怒っていたのが馬鹿らしくなってきた。
 もうなんでもいい、怒らないから離れてくれ!
 好きな人がこんなに近くに居て顔が赤くならないやつなんているのか、心臓の動きが早くならないやつなんているのか。春はそんなやつではないので、顔も綺麗に真っ赤に染まり、動悸も早くなる一方だ。
 桐間は気にせずに、春を真っ直ぐに捕らえる。





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