「ただいまー」

 春は靴を脱ぐながら言うと、すぐにおかえりという言葉が返ってくる。聞こえなくとも、父は仕事だろうし玄関までわざわざ(清道ならば絶対になにがなんでもくるが)来ないところは、母がいるのだと思う。
 そのまま部屋に行こうとするとすぐに、春を呼ぶ声がする。自分の部屋よりクーラーが付いているリビングの方がいいとそちらに行けば、キッチンで料理する春の母、結羽(ユウ)が居た。

「わ、うまそ! なにつくってんの?」
「ハンバーグ、あ。じゃなくて、春。浩くん来たわよ。」
「えっ」

 もう出来上がったハンバーグにフォークをさそうとした瞬間、結羽はハンバーグを皿ごと取り上げて、春に言った。
 そこまで桐間と居たわけではないので、春と別れてからすぐに来たのだろう。悪い気はしたが、もう、浩のために桐間を諦めようという気は春には毛頭無かった。
 はっきり話をつけないと。
 思った瞬間、携帯が大音量で流れる。

「はっ、はい?」
『いまどこ』

 間違いなく浩の声だ。少しだけ息切れした声が、携帯を伝って熱を感じさせた。向こうから聞こえる虫の声と時折通る車の音は外にいることを示している。春をを探していたのか。春はまた、悪い気がしてならなかった。

「家、今帰ってきたところなんだ。」
『そうか、じゃあ5分後にマンションの下まで来てくれるか。話したいことがある』

 話すことなど一つだけ。春が返事をすると、電話はなにも言わずに切れた。春の気持ちは落ち着かず、もうすぐ夕御飯だと言う結羽をほったらかしにして、マンションの階段を降りていく。一段一段下に行くにつれて、心臓が跳ねそうになった。
 下に着くと、まだ浩は来ていない。まだ5分たっていないので、当たり前といったら当たり前なのだが。春は花壇の端に座ると、足を組んで指を絡ませた。太陽は沈みそうだというのに、暑さは変わらない。ワイシャツが背中に張り付いているのがわかるが、いまさらそんなものを気にすることもできなかった。

「はぁっ…しゅん」

 息を整える音、落ち着いた声、すぐに浩だと分かる。頭を上げて彼を見ればしゃがみこむなり、春の足をつかんだ。つかれた、小さく言う浩に春は笑う。

「…浩、言いたいことって?」

 春からその話題に触れるとは、思っていなかったのだろう。浩は肩を上下にしながら、目線をそらし地べたに座り込んだ。浩が目をそらすなど、なかなかないことだ。春はそこで不審に思ったが、浩が話をはじめるまで待つことにする。
 赤く染まった夕日が、ふれている影を作った。同じ暑さとはいえ、やはり風の涼しさだけはちがう。二人その風に揺れる。その風に吹かれながらどこかを見ている春を見て、浩は腹をくくった。


「はる、俺、お前が好きだ」




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