「なに、俺とそいつが話すのが嫌ってわけ?」
冷たい声で、浩をとらえる。春だけを見ていた浩も桐間を睨み付けると、春の二の腕を強い力で握った。何も言わなくても、浩が答える言葉を分かった桐間は、ため息をつくと、ポケットのなかから携帯を取り出すと、時間を見ながらひとこと言う。
「まっ、俺もそんなストーカーと話したくねーし。勝手にやってよ」
桐間は春たちに背を向けて、ひらひらと手をふりながら興味無さそうに歩き出した。浩はまだ睨み付けたまま、まだ春をつかまえている。春は桐間に言われた言葉が頭のなかに残る。話したくない、とか勝手にやっていろ、とかとても冷たい声で見捨てられた。近付けたのに、とても悲しくて。
…いま桐間を放っておけば、もう会えない気がする。
桐間を追いかけても、前のようにあしらわれてしまうかもしれない。だが、それでも春にはそのままには出来なかった。しばらく止まっていたが、春は浩の手を振りほどこうと必死になる。春は浩をのぞきこみ、睨み付けた。それでなにを言われるか分かったのか、浩は口を開いた。
「あんなやつの何処が良いんだ。この前会ったばかりだろ!? しゅんのことなんてどうでもいいって思ってるんだよ」
思わず熱くなる浩に、春は顔をそらす。確かに浩の言っていることは正しかった。
浩と十何年居た期間は、やはり桐間とは比べ物にならないくらい深くて長い。だが、短い期間でも春は桐間を浩以上の感情を想ってしまった。春は浩を見ると、小さくいった。
「分かってるよ。けど俺はそれでもいい。」
「! しゅん」
嫌な予感がして、浩は春を呼ぶ。だが、春は続けて話した。
「前浩は言ったよな。そんなにあんなやつがすきなのかって」
「しゅん、止めろ」
「あのときはわからなかった。自分でも整理ついてなかった。だけど、今なら言える」
「やめてくれ」
「俺は桐間のこと」
「ハル!」
「どうしようもなく、好きで好きでたまらないんだ」
泣きつくように春の名前を呼ぶ浩を真っ直ぐに見ながら、春は気持ちをぶつける。冷静な言葉に、誰も居ない廊下は静まり返った。浩は春の言葉に力を無くしたのか、春を掴む手は落ち、そこにしゃがんでしまう。
春はごめんな、と謝りながらその場を去った。桐間を一生懸命追うその背中は、浩が知っている春のものではない。
浩は壁に寄りかかりながら、春の背中が消えるのをただただ見ていた。一人きり、ぽつりと呟く。
「情けないな、俺」
いつも見ている風景が、ゆらりと揺れた。
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