影で追った後ろめたさがあるので、春の語尾はだんだん小さくなる。それを聞いて、桐間はバカにしたように笑った。その笑い方に、春は笑顔を見せる。馬鹿にされたとは言え、桐間のいつもとは違う顔が見れたので、嬉しくなったのだ。
 悪態をついたのに笑われてしまった桐間は、なにも出来なくなる。そんな気まずそうにする桐間をみて、春も黙ってしまった。
 しばらくして桐間はあ、となにかを思い出したように声をあげる。春がなにかと桐間を見れば、桐間の目は細められた。

「お前がホームレスとか言ったせいでさぁ、おれ、あのとき恥ずかしい思いしたんだけど」
「え、なんのこと」
「お前が功士のことで、ぶちギレたときのはなし。忘れたとは言わせないよ」

 うっすら血管が浮き出ているのが見える。春はわらうしかなかった。だが、すぐに止まる。
 そういえば、桐間は功士のことを―……。

「家には、帰ったかよ?」
「帰ってない」
「なんでだよ! また自分の家じゃないとか…」
「言うよ、だってあそこは功士と俺のかあさんの家だし。俺の居場所は無い」

 淡々と告げる桐間に、春は言葉を失った。何故、そんな考え方が出来る。功士を見ればわかるはずなのに。口を出せば、桐間は怒る。分かってはいたが、春は言い返せずにはいれなかった。

「功士さんに謝れ」
「はあ、なんで?」
「功士さんはそう思ってないことくらい分かってるくせに」
「! うるさい」
「でもそう思って裏切られるのがこわいんだろ」
「だまって」
「功士さんを信じてみろよ」
「黙れ!」

「逃げないで、功士さんと向き合ってみろって言ってんだよ!」

 二人は息切れしながら見合う。桐間はその場から去ろうとするが、春は桐間の手を咄嗟に取ると、玄関へと向かった。桐間は振り払うが、また取られて、繰り返しにあう。桐間は春が家に連れていこうとしていることに気付き、本気で抵抗する。

「しつけぇな! なんでお前はそんなに俺をかまうんだ!」
「桐間には、幸せになってほしいんだよ」

 言った瞬間、桐間の抵抗が消えた。それをよく思うが考えて直してみると春は恥ずかしくなるが、取り消すことも出来ずただ手を引っ張る。早いとは言えない時刻に、だんだん登校者も増えてきていると言うのに、手は掴んだままだ。駅に向かう途中、消えそうな声で、桐間は呟いた。

「…余計なお世話だ」

 いつもの棘のある言い方とは違い、初めて聞くような声に、春は赤くなりながらも駅に向かった。






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