「離せよ、お願いだから」

 口は悪いが、あくまでお願いであった。いつもの春なら喧嘩をぶっかけるようなことも浩になら言うが、今回だけは取り返しがつかなくなる、と分かっていた春は下から出る。
 だがそんなお願い、もむなしく、春の手を掴みながらしゃがむ浩に取り消された。

「分かったよ、分かったから、そんなこと言わないでくれ」

 か細い声で春はそう決意し、浩に伝える。浩の仏頂面は消え、微かに明るい顔色になった。本当だな? 釘を刺すように言うと、春の手首を持った手を緩めていく。春が何度も頷けば、その手は離された。

「しゅん、これからも居れるな」

 だから、裏切るな。
 そうとでも、言っているのだろうか。春はそうとらえて、胸が苦しくなるのを覚えた。もうどうにでもなれ、投げ遣りに浩から逃げるように教室へと入って行く。それを気にしたように浩が入って来たが、今は話したくない。
 浩との友情の為に捨てた愛は、そんなに軽いものではないと自分でも分かっていた。けれど、仕方がないのだ。自己暗示してでも、好きになってはいけない。だって、浩との10年間築いて来たものが、無くなって行っては困るから。
 浩が原因なのもあるが、他にも色々問題はある。だがそれを乗り越えても好きでいたい、そう春は思っていたのだ。
 そんな時、ごつんと音がする。誰かが春の頭を軽く叩いたのだ。考えを一度止め、そちらを向く。悶々と思考を巡らせている春を、止めたのは龍太だった。

「何かあった?」

 いつもより優しい口調に、思わずその場で全て吐いてしまいそうになる。けれど、この会話は周りに聞こえてないとはいえ、近くには浩が居る。聞こえなくとも、雰囲気で浩のことだと分かってしまうだろう。
 しばらく黙っていると、龍太はその沈黙を破るように、言えないんだったら良いぜ、と笑ってくれた。だが首をふる。春は本当は龍太に相談はしたいのだ。
 龍太はそれを察したのか、一回頷くと春から離れる。春が今は一人が良いと感じたのをとらえたらしい。
 桐間に、逢いたい。
 浩に言ったことと、反対のことが、当たり前のように頭に出てしまった。考えるだけ無駄だ。今の春には、探すことさえ許されない。
 次は移動教室だ、誰かが言ったのを聞いて、春は考えてはいけないと、すぐに頭の中の彼の影を消した。





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