「功士さんが、いるだろ」

 自分でもなんでこんなに緊張しているのか分からなかった。ただ、桐間は人が傷付く言葉を簡単に言ってしまう。春は功士のことは言って欲しくなかった、いや、桐間に素直になって欲しかったのだ。
 春が睨むように桐間を見れば、桐間はぐ、と詰まる。そして視線をそらした。

「別に、もともと他人なんだし、これが普通でしょ」
「っ!」

 桐間が言った言葉は、春が一番聞きたくなかった言葉である。目頭が熱くなるのが分かった。
 功士さんがどんな気持ちで家に待ってると思ってんだ。桐間、お前は、
 思ったら手が出てた。思い切り桐間の頭を叩いていて、

「っ、なにす…て、なんで泣いてんの?」
「うるせー! お前なんか、お前なんかっ」

 叩かれたことを怒鳴ろうとした桐間は、泣きじゃくる春を見て思わず聞いてしまった。春も自分がなにをしたのかもわからないのか、そこで言葉は詰まってしまった。
 泣き出したら止まらない春である、朝の次に一番人が行き来する時間の今、路上で泣き叫ぶ。もちろん人の目など気にしない春だが、桐間も春のせいで気にすることが出来なかった。
 桐間は今回、吐いた言葉は春を傷付ける気持ちで吐いたつもりはない。なのに、功士ではなく春が悲しみ怒りを露にしているのだ。それは混乱するであろう。
 せめて場所を移動しよう、普段ならば使ったことのない気を使い春の腕を掴むと、春は泣いたまま桐間をにらんだ。

「功士さんに謝れ!」
「はぁ?」

 何を言われたかと思ったら、居ない人に謝れだと? 完全に桐間は混乱し始める。春はばかやろう、と食って掛かった。

「功士さんは、お前のこと自慢の息子って言ってたんだ、なんでそんな人のこと他人なんて言えんだよ!」

 眼鏡にすら付いた涙の雫、その言葉が嘘じゃないことを物語っている。何も言えなくなる桐間の胸ぐらを掴み、春は下から睨み続けた。
 桐間は暫くすると、胸ぐらを掴んでいる春の手を払う。春はまた掴もうとするが、逆に手を掴まれた。顔が近くなる。
 どきり、胸が高鳴った。

「…死ね、ストーカー」

 す、とーかー?
 春が固まったのを良いことにすたすたと帰る桐間。直ぐに意味が分かった春は、桐間の背中を見ながら一言叫んだ。

「うるせー! 一文無しのホームレス!」
「あぁ? お前っ、」

 高校生が高校生にホームレスと叫んでいるなんて、酷い光景だろう。通りすがった人達は言い返そうとした桐間を見て、クスクスと笑っていた。言った本人は走ってどこかに行ってしまったからだ。

「しつこいんだよ、あほ」

 そんななか言い返せるはずもなく、桐間は小さく、居ない春に向かって呟いた。




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