「俺はしゅんを気持ち悪いなんて思わない。これからも、なにがあったってしゅんを軽蔑したりはしない。」
これは浩の優しさである。証拠に浩に触れられなかった春の手を、柔らかく包み込んでいた。
軽蔑されていない、自分自体は拒否されていない。分かった瞬間、どっとくる安心感。春は、包み込んだ浩の手を握り返す。だが、すぐに言い返した。
「じゃあなんで、嫌いになれなんて」
春は一番知りたくなった質問を浩に問い掛ける。だが浩は、その問いには答えることはなかった。ただ、ただ、今までに見たことの無いような辛そうな表情で春を覗き込むだけで。
「俺と友達に戻りたいと思うか」
あまりにも、残酷な問い掛け。あたりまえであった。春が頷くと、浩はそうかと小さく困ったように笑う。
「なら、桐間を嫌いになるんだな。」
浩があまりにも冷静すぎて、春は今なんの話をしているかどうかも忘れてしまいそうになる。浩が言う言葉はいたってシンプルな条件であった。だが、春はなかなか頷けない。
「迷ってるなら、友達は止める。親友も…」
「待てよ! 浩に迷惑掛けてないだろ、これからも掛けないから。」
「…それは、桐間を嫌いになれないってことになるな」
なにも言えなくなる春。眼鏡の奥の瞳は、先ほど止まったばかりの涙が、また浮かんでいた。そんな春を見て、浩はため息混じりに言う。
「そんなに、好きなのか。あんなヤツが」
浩が歯ぎしりしたのが聞こえる。春は、真っ白になった。
『そんなに、好きなのか』俺は桐間の何を知っている。長年連れ添ってきた親友の浩と縁を切るほど、桐間にこだわる必要はないと思う。けれど、
「分かんないけど、俺は桐間にひかれてる。」
春が言えるのは、これだけだった。静かに放たれたその言葉に、浩ははじめて取り乱す。
「なんだよ、なんでなんだよ!」
春の手を振り払い、叫んだ言葉は春に向かって言われたことではなかった。いきなりのことに、春は浩をうまく引き止めることができず、手は引き離れる。
「ひ、ろ?」
「桐間なんか、なんだっていうんだよ! しゅん、なんで…」
何か言い掛けて、浩は口を閉じた。そして、ごめん、とだけ言うと春を見る。春は頷くしかなく、上の空になってしまい、浩が小さく呟いた言葉にすらなにも言えなかった。
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