「別に、見てないよ」

 見え透いた嘘をつく。嘘を吐いたことで浩が傷付くと、春は分かっているが、本音が言えなかった。親友だからこそ、言えなくて。本音を言えば、浩が傷付く以上に、春と浩は親友ではなくなると春は考えていた。

 名前を聞いた日から、ずっと桐間が引っ掛かっていた。それから顔を知り、性格を知り、悪いところばかり見えてくるのに、春は徐々に彼を好きになっていた。そしてそのことを、春は嫌なくらい自覚している。それが普通の“好き”ならば、春は浩に話して一緒に友達になろうとするのに。
 その心は、熱く燃えていて。昔感じたことのある、恋の熱さだった。しかも今までに感じたことのないくらい、その熱さに振り回されている。
 気のせいだ、気のせいなんだ。春は毎日自分に言い聞かせ、葛藤の日々である。本当はこの気持ちを言ってしまいたかった、けれど引かれるのではないかと春は恐れていて、言えなかった。

「そうか」

 春の嘘に悲しそうに俯く浩を見て、苦笑いすると、良いタイミングで電車が来る。なにも言わない浩を冗談で笑いながら、引っ張り電車に乗せようとすると、そこには…桐間が居た。
 春と目が合った桐間は、勢いよく電車から降りると、階段を駆け上がって行く。それを見て春も走り、桐間の後を追い掛けようとするが、それは浩によって阻止された。

「浩、はなせっ」
「ほら、まただ!」
「なにが…」
「また桐間をそんな目で見る!」

 浩の言葉は、もう春の気持ちを知っているようである。それでも隠し通したくて浩の手を剥がそうとするが、浩の力は強く春の腕では引き剥がせなかった。
 やっぱ、こいつには隠しごとは出来ないな。
 春は思ったがやはり真実を告げることはできず、抵抗しながら、浩を見る。

「あいつの所に、行きたいんだ」

 言葉は濁しているが、春の心は瞳に出ていた。
 電車の扉が閉まる。春の言葉で浩の握力はゆるみ、それを狙ったように春は浩の手を振り払った。大きな音を立てて、向かう電車と共に春は走り、階段を駆け上がる。浩はそれを止めるコトも出来なかった。春が持っていた缶が虚しく転がっているのを見て、それを踏むとしゃがみこむ。

「なんで、俺じゃなくて、あいつなんだ…」

 ちいさくつぶやいたその声は、春には届かなかった。





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