一方桐間は功士が風呂から上がるのを待ちながら、やはり春のことを考えていた。
春に殴られたところは、少し色が変わっている程度で痛みは感じない。殴られた当初は色も変色し、殴られた所が頬だったので口の中も切れていて食事のときは苦労した。桐間はそのたび春を恨んだものだ。
あのやろう、今度会ったら殴り返してやる。
桐間の思考はどこまで行っても子供じみた思考である。だがそんな感情とは反対で冷静な桐間があの日から真剣にあることを考えていた。それは春が自分のことで傷付いていたことだ。未だに分からない謎である。
自分に自信があるわけではないが、今までの経験からして、自分が携帯から電話したうえに登録していいと言ってやったのだから、馬鹿な春は素直に喜んでいるものだと思っていた。しかし、それは違ったようで、電話はすぐに切られてしまった。だが、桐間はマイナスには受け取らなかった。たしかに合宿中に電話してしまった自分も悪いと一応反省し、でも早く言いたかったことなのだから仕方ないとひねくれてみたりもした。
その事もあったし、とりあえず話をしたかった。伝えたいことがあった。春を迎えに行った時、胸がむだにドキドキしたのを覚えている。だが、春はどうだ。そんな桐間を差し置いて、得体の知らない後輩と路上で抱き合っていたのである。それを見て憤慨せずにいられるか。いや、桐間はできなかった。
そこで怒って、問い詰めてみた。春なら何かある、と思ったから怒りながらも聞いてみてあげたのだ。それなのにその後輩とやらが横から入ってきて、桐間をあーだこーだと言い出した。今までの過程も知らないで、二人を語ったのだ。イライラした。
だから言ってやろうとした、気持ちをぶちまけようとした。それなのに、春は桐間を止めた。その上、殴って桐間を忘れるなどと言い出した。桐間はショックで言葉が出せなかった。それもそうだ、一瞬で、カメラのシャッターを押すように様々な事が起きたのだ。だから桐間は、春とその後輩をおとなしく見送ることしかできなかったのだ。
…あいつ、俺を忘れられんのかよ。ふん、どーせ無理だろ。
そう思いつつも、隣にいた後輩を思い出して頭をかきむしる。そして「じゃあもし付き合ってたとしても桐間には関係ないだろ」と言われた言葉が頭でこだまするのだ。
ああああ、もう! あのくそガキ、邪魔すんじゃねーよ! まさか、本当に付き合ってんじゃねーだろーな!
「おーい、理依哉、上がったよ。理依哉ー? うーん…駄目だな、これは」
後ろには功士が麦茶を飲みながら、のんきに苦笑いをしていた。
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