「ごめ、ん、このは。もう…いいよ」
「はは、馬鹿ですね、春さんは」
「え」

 木葉はおかしそうに、聞き直した春の真っ赤になった瞼を優しく撫でた。痛いはずなのに、心地よくて自分からその手に擦り付けたくなるほどである。

「こんなときだけ頼るのは、とか考えているんでしょう?」

 木葉の言っている通りだった。この男は無駄に鋭い、そしてそこが面倒でもある。なにも言えなくなる春に木葉は息を小さく吐くと、いきなり春の頭を自分の胸に埋めさせた。身動きを取れなくなっている春を、ただ眺めて口を開いた。

「俺はそんな所も好きなんですよ、本当に優しいですからね。でも同時に悲しくなります。こういう時は黙って甘えてくれたほうが、俺は嬉しいです」

 子供を安心させるかのように背中をぽんぽんと叩くと、穏やかな口調で言う。春はそれがありがたかった、だが、どうしても甘えられなかった。礼は言うが反対に手を伸ばして木葉の腕の中から逃げ出す。木葉は春がそうするとわかっていたかのように、腕の力を弱めた。
 遠くから部員たちの声が聞こえて、食事が終わったのだと分かる。すると木葉は先に立ち上がり立てないでいる春を立ち上がらせる。そしてほんの少し涙で濡れた顔を、ハンカチで拭ってやった。

「…お前ってほんと王子様」
「本当ですか、嬉しいです。春さんの王子にしてもらえればもっと嬉しいんですが」
「もうお前黙れ…」

 恥ずかしいことを当たり前のように言う木葉は、春よりずっと大人だ。もちろん、桐間よりも。
 こいつを好きになれば両思いだよな、んでもって大切にしてもらえそう。
 いけない考えが過るが、できないので心配ない。だいたい男が好きなわけではないのだ。桐間がいいのである。

「あの人に何を言われたのかは知りませんが、本当に辛くなったら頼ってください」

 一歩先を歩いた木葉は、後ろも見ずに言った。本当に鋭い、そしてそれが嫌でもあり気遣いは嬉しい。こうやって先に歩いてるのも春が泣いているのを見られたくないと知っているからだ。年上だと言うのにと春は自分に呆れるが、自分が大人になっても木葉には勝てない気がした。

「ありがと、けど大丈夫だぞ」
「…そうですか」
「うん」

 春が言うと木葉は悲しそうに笑う。春は自分が拒否して木葉が悲しむことを分かっていた。だが、拒否しなければ、もっと木葉を悲しませる。
 春は大きく足を広げて木葉の前に出た。驚いたように見ているだろう木葉に話しかけた。

「あーっお腹へった! やっぱ食っときゃよかった!」
「ふふ、ですね」
「コンビニ近くにねーしどーしよ」
「あ、さっき八町さんが非常食あるっていってましたよ」
「まじか! もらおー」

 生意気に言いながら振り返る春は、もう元気に笑っている。木葉は安心して、目を瞑った。

「春さん、強くてかっこいいなー」
「は?」

 木葉は少しでも弱々しい少女のように扱った自分が恥ずかしくなると自分を笑う。聞き取れなかった春に、いいえ、と続けない木葉だった。





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