「あれ、用ってなんだったんだ?」

 舞い上がりすぎたため本題を忘れていた春は、言いやすいように桐間に聞いた。桐間は電話の向こうで少し息詰まったのがわかった。言いにくいことなのだろうか、春は廊下に座り込む。

『あー、と。お前、さ。』
「ん」
『キスのこと忘れてよ』

 春は一瞬目のまえがちかちかした。驚きで携帯すら落としそうになったが、幸い肩が防いでくれる。
 ああそうか、桐間は無かったことにしたいのか。男なんかと、俺なんかとキスしたこと。確かにあんなキス、桐間にとっては気にするほどではなかったのだろう。気まぐれ、だったんだろう。
 春は体育座りしているため見える自分の足の指が、汗をかいているのがわかった。最後に会った教室で、真っ赤になった桐間を見て、調子に乗っていた。もしかしたら同じ気持ちなのかもしれないと、否定しながらもどこか心の奥底で思っていた。変な期待していた自分が恥ずかしかった。
 おめでたいやつだな、俺って。

「分かった。もう二度とあんなことすんなよ」
『…なんだよ、偉そうに、分かってるよ』

 拗ねながら言う桐間は、やはり春の胸をくすぐった。一度好きと思ってしまえば最後、ひどいやつでも些細なことで好きと感じさせられてしまう。厄介である。

「じゃあ俺ご飯食うから」
『あ、ちょっと、まだ続きが』

 春は話を続けようとしていた桐間を、気にせず電話を切った。もう、限界だったのだ。プツン、と電波が切れた音がしたと同時に、春の涙腺も崩れる。春はここが合宿場所というのも忘れて、泣き叫びそうになるのを堪えて声を圧し殺す。それでも聞こえる嗚咽くらいは許してもらえるだろうか。
 くるしいくるしいくるしい。
 ぐるぐる回る思考が鬱陶しい。どうにかこの現状から抜け出したかった。春はどこか移動しなくてはと頭では分かっているのだが、こうなってはどうにもならない。

「春さん、泣いてるんですか」

 こんなときに聞きたくない声だった。この声は木葉だ。泣いているところなんて見られたら、何を言われるかわからない。

「泣いてないっ」
「子供みたいな嘘をつかないでください。遅いから探してみましたけど、まさか泣いてるなんて」

 木葉はそこまで言うと、それ以上なにも言わなかった。隣に座り込んで、春の頭を撫でるだけである。それが妙に安心して、春は木葉の肩に頭を預けた。木葉はそれを笑って受け止める。
 春は桐間から電話がくるまで木葉が近付いてきたら蹴ってやろうか、とまで思っていたのに、自分が傷付いたら、優しい木葉に頼るなんてと自分にあきれた。





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