「春さん、起きてください」

 春は自分を揺らす振動と、木葉の優しい声色で目を覚ます。目の前には困った顔をした木葉がいた。状況からして春は少し寝転ぶはずが、そのまま寝ていてしまったようだ。
 周りを見渡すと誰もいない。まだ誰も帰ってきていないのかと思えば、その逆。どうやらとっくにお風呂から上がり食堂へ向かっていて、この様子だと木葉は春を起こしていたため置いていかれたらしい。

「うわ、ごめん!」
「大丈夫ですよ。行きましょう。」

 木葉は言いながら手を取り春を立たせると、気を使いながら歩きだす。春の寝起きで覚束ない歩き方を見て、立ち眩みで倒れたことがあったため、気にしているのだろう。わざわざ気にするとは先ほど非常識にキスをしてきた奴と同一人物だとは思えないくらい紳士的である。こう思うとやはり自分をすきでいられるのはもったいなく感じた。
 キスなんて気にしなくてもういいか。相手男だし、そんな気にするほどのことじゃないだろ! 気にしてたら女々しいし。
 数分でついた寝癖を触りながら、春は思った。桐間とのキスは同性と言えど、好きな人とのキスであるため気にするなと言われてもそうはいかない。だが木葉は違った。可愛い後輩であるし、キスくらい友達同士ではしゃぎすぎた程度に考えられる。春はそうかんがえることにした。
 けれど、抵抗はしなければならない。木葉のすることを許すとは、好意も許したことになる。木葉の気持ちに答えられないのに、それはあまりにも残酷だと思うからだ。反応するのも面倒なので諦めかけていた春もさすがに考え直す。
 次なんかされたら蹴ってやろう。
 いつの間にか座らされた席で、味噌汁をすすりながら春はそう決心した。うまいな、など思っているとポケットが携帯のバイブで揺れる。開いてみると見知らぬ番号からであった。食事中ではあるが、誰かからの急用であったらと思い、木葉に一言残して席を立つ。廊下に出たところで、通話ボタンを押して耳に当てた。

「はい、春ですけ…」
『出るの遅いんだけど』

 全て言い終わる前に指摘された声に、自分の耳を疑う。今日だけではなく夏休みに入ってから桐間の事を考えてはいたが、まさか桐間から電話が掛かって来る夢を現実のように感じるとはさすがにかなり重症であった。だいたい本物の桐間は春の携帯電話の番号を知らない。

「どちらさまで…?」
『ちっ、声で分かんないの。桐間だよ、桐間』

 このそっけなさといい、かっこよさといい、声と言い桐間だ。春は携帯にしがみつくしかなく、少々興奮しながら言う。

「なななんで俺の番号!」
『お前ん家かけたのに、合宿でいないっていうから教えてもらったんだよね。これ、俺の番号だから登録したかったらしていいよ。もう電話なんてしないと思うけど』

 思わぬ展開であれほど欲しかった桐間の電話番号が手に入れることができた春は、桐間と繋がりを持った自分の携帯が可愛く思えてきた。桐間はもう電話なんてしない、と言うがしなかったとしても電話帳に桐間の電話番号が入っているだけで春は満足なのだ。
 すぐに登録しようと、自然と緩んでいく頬を直せずにいると、大事なことに気付いた。





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