そのままだった手もさすがに部室の前につくと、木葉もはなしている。春は手を繋いでいたことも忘れていたので、外された時に繋いでいたことを自覚した。
「しゅーんー! お前来んのおせえんだよ!」
そんな空気も読まず春のお腹に蹴りを入れたのは、顧問の溝呂木だ。春はお腹をおさえながら溝呂木を睨むと、胸ぐらを掴み上から見下ろす。
「おいちび、何すんだ!」
「ちびじゃねー! 今の高校生はでかすぎんだ、特にサッカー部! 頭は子供のままなのに体だけ成長しやがって」
「おいおい、みぞろん。しゅんが来たからってはしゃぐなよ。あつくるしいぞ。あとみぞろんはちびだから、言い返せねーぞ」
そう溝呂木を宥めたのは、八町であり面白そうに溝呂木を見た。八町は180cmに対し、溝呂木は165cmということもあり、完全に見上げることとなる。
溝呂木はそんな自分を見て、笑う八町にくやしそうに歯軋りして首根っこを掴むと、向こうへと追いやった。
「ごほん、それよりしゅんと木葉、二人でアップしてこい。それから話がある」
上手くまとめたとでも言いたそうに、溝呂木は咳払いをする。こう見ると威厳はあるが、後ろで溝呂木を見ながら笑い転げている八町と永川が見えるので、春も半笑いで返事をした。
それから適当にアップし終えると、溝呂木は周りに集合を掛ける。真っ白だったホワイトボードを裏返しにすると、さっきとは反対に文字が出た。そこには『夏合宿』と書いてある。
ほかの部員がどこいくだとか、何するか、など聞いている中、春だけはかたまった。
手に暖かいものがふれたからである。それは木葉の手であった。
「な、なにしてんだよ」
「え、さっきはなしちゃったから握り直したんですよ」
「いや握る必要な…」
「あ! 春さん、夏合宿の場所、岐阜の民宿ですって! 岐阜ってなんかありましたっけ? ああ合掌造りありますよね」
話そらしやがって、このやろう! 合掌造りってなんだこのやろう!
春はいらいらしながら木葉の会話を流していると、木葉は握っていた春の手をちょんちょんと少しだけつつくと、まるで子犬のような首の傾げ方をして春を見る。
「春さん、もしかして怒ってますか?」
しっぽと耳があれば下がっているであろうその姿は、春も思わず躊躇った。きっと木葉目的で来たマネージャーがやられたらたまったものではないだろう。春も一瞬めまいがするほどかわいかった。
大型犬か、こいつは。
「…いや、怒ってないけど」
「本当ですか、よかった! じゃあ楽しみましょうね、お泊まり」
木葉はそういいながら、春に顔を近付ける。
いちいち顔近い! そんでもって何故か“お泊まり”が大きく言われたのは聞かないふりをしよう。
なんだかんだで流されている春は、どうやら木葉には甘いらしい。きっと告白されたときも重くなく、あまりにも淡白過ぎて普通の後輩として可愛がってしまっているのだろう。春もなついてくれるのは嬉しい。それでもやっぱり、先ほど怒っていた桐間が気になるのは、春の気持ちを示していた。
そしてはしゃいでいる木葉の頭に溝呂木が投げたペンが当たったのはその三秒後である。
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