4




普通の人間ならば、恐ろしくて口もきけやしない所だ。
それが生と死の間のギリギリの狭間で生きてきたために、いつの間にかまともさを何処かに落っことしてきたのだ。


まともではいられなかった。

戦場に放り出され、からっ風が吹く荒野を生き残り、身を寄せ合い、大切なものを奪われ、そしてそれを取り返すために、刀を手に取り再び戦場に戻って来た。

到底まともでいられるわけがなかった。
まともな奴は真っ先に死んでいった。
もうみな屍となり土の下だ。

まともな奴から死んでいく場所。
それが戦場だった。




「銀時!!先に行け!」

「バカヤロー離れるんじゃねェ!!」

「バカはお前だ!状況をよく見ろ!」



その日の戦況は、はっきり言って良くなかった。

両陣営動かずの冷戦状態で、耐えきれなくなったこちらの人間が先に仕掛けてしまったのだ。
一度引き金を引いたらもう戻れない。とにかく切って落とされた火蓋を、はい間違えましたと言って途中で回収して、なかったことには出来ない。

坂を転がり落ちる小石のように、流れは悪い方へ進んでいった。



「誰かが囮にならなきゃ皆やられる!誰かがやらないと!」

「うるせー生き残ったところでお前を連れて帰らなきゃ結局高杉のヤローに殺されンだろーが!!そこんとこ分かってんのかテメーは!」

「このヤクルコ手土産に許してもらえ」

「出来るかァァァァ!!」



追っ手をかわしながら、飛ばされる武器を切って振り落としながら走る。足場が悪い。いつのまにか降り出した雨で木の根が滑る。それに走り詰で太ももが上がらなくなりそうだ。そのうち石か木の根っこに足を取られるかもしれない。

鬱蒼と茂った木々の間には光も差し込まない。もうすぐ夕暮れだ。
それまでになんとかしなくては。
なんとか……。




まともじゃいられなかった。

ここではまともな奴から死んでいった。

そいつらを葬るたび、自分のまともな部分も灰になっていくような心地がした。




「昔はよォ、フラフラどっか行く俺をお前がよく迎えに来たもんだ」



太陽が傾きかけてる。空の色がだんだん悲しみを帯びて来る。



「だが俺はオメーを迎えに行くほど甲斐甲斐しくねーんだ。


だから離れるんじゃねーよ」





「なァ、錦」




----------------------





「ハイ押さないでェ〜」

「一般市民の方々はまだ近寄らないでください、爆発物が残っているかもしれませんのでー!」


池田屋における捕り物劇は終幕を迎えた。

失態はいくつもある。
桂一派を取り逃がした。
建物に損傷をきたした。
真選組がいる目の前で爆発があった。

…いや、これ以上は数えるのも億劫になるからやめよう……。
始末書地獄がすぐそこに来ていると考えると頭痛が増すようだった。



「お疲れさんでさァ錦」

「お〜総悟。ご苦労様」



利用客を事前に外へ誘導していたため真選組しかウロついていないホテルのエントランスで一息ついていると、後ろから声をかけられた。
真四角のスツールに座っている錦の隣に座る。90度向きを変えた形で隣り合わせた総悟は、膝に肘をつき脱力していた錦の肩に後ろからもたれかかった。
総悟の頭の重みで、肩甲骨あたりがむず痒い。

肩口に見える淡い色の頭を労いの意味も込めて撫でると、隊員が2人を呼びに来た。
そろそろ引き払う頃合だ。



「頭ァ、隊長!爆弾犯を無事拘束しました!」

「ご苦労様。じゃあ私たちも帰りますか〜」



敬礼する隊士にそう返し、ロビーを出てパトカーに向かう。



「だーーーから俺たちゃ巻き込まれただけってなんべんも言ってるだろーがァァァァ!」

「うるせー!さっさと乗りやがれ!!」



ウガァァァアと押し合いへしあいしている犯人と隊士を見やってため息が出る。まだ業務は終わらないようだ。
土方がいないのであれば、とっとと自分が収拾をつけさせてやるべきだろう。



「なにやってんの〜」

「あッ頭!!なんでもないんで!ハイ!!」

「なんでもないワケあるかァァァ!腐れポリ公!!」

「うるせー!!!!さっさとパト乗りやがれ!」



上司に手こずっているザマを見られたと隊士が取り繕うが、取り押さえられた容疑者がそうはいくかと噛み付く。
なんでもいいがここから先は真選組でなくともいい管轄だ。奉行所の連中に押し付けてさっさと引き上げたい。



「錦、あとはこいつらに任せて俺らは帰りましょーぜ、ドラマの再放送終わっちまう」

「はいはい、もうしょうがないなぁ。
お前たち、あとは奉行所の連中に回せばいいから。じゃ、頼んだね」



そう言ってパトカーに向かう沖田の背中に続こうとするが、


「………錦……??」


この場に馴染まない声に引き止められた。



「おまッ……ッ!っ錦か!?」

「……」

「オイ…ッなんでこんなとこに、ッつーかなんでンな格好してんだバカヤロー!」



隊士に後ろで手錠を掛けられた上に両腕を押さえられて満足に身動きできない銀髪の男が、こちらに詰め寄って来ようとしている。
それを両脇の隊士がさらに力をかけて抑え込む。



「オイなんか言えよッオイ!オイ!!錦!!!!」



両膝をつきそうになりながらも自分を悲痛に呼ぶ男に、錦はこう返すよりなかった。



「申し訳ないけど……………




どなたでしょう………?」

「…は……」



さっきまで息巻いていた男の様子が一転した。
見開いた目が揺れている。
男がこちらに詰め寄ってから錦の前に立ち塞がり壁となっていた沖田が口を開いた。



「もしかして錦の昔の知り合いですかィ?
そりゃ残念だなァ、コイツはきっと覚えちゃいませんぜ。


記憶喪失だから」


「きおッ、記憶喪失…!?!」



声を張り上げる男はそれ以上声も出ないようで、ただ信じられないような顔で錦を見つめていた。



「アンタとコイツがどーいう関係だったかなんて知りやせんが、コイツのこと他言しねーでもらえますかィ。旧友が爆弾魔なんて、覚えていないとはいえ、もしお上や世間様に知られたら錦の肩書きに傷がつきまさァ」

「…肩、書き……」



よほどショックが大きいのか、受けた単語を繰り返す男に、沖田がトドメとばかりに冷たく言い放った。


「真選組監察方頭領、それでいて局長助勤である錦の昔馴染みがテロリストなんざ、お笑い種にもならねェや」


行きやしょうぜ錦


沖田に背中を軽く押されながら、ちらりと後ろを振り返る。茫然として表情でこちらを見ながら隊士たちにパトカーに押し込まれるその姿を目の端で見届け、顔を戻す。



「気にするこたねーや、錦」

「…うん、大丈夫」



自分でも知らない自分を知る男が現れ動揺していると思った沖田は、いつも以上に錦を気遣い、助手席へと導く。ドアを閉めるまでやってくれた沖田は運転席に回り込み、シートの位置を少し引くと、シートベルトを締めた。どうやら運転してくれるらしい。

滑り出した車の中から、別の道に入ろうとするその車両を見やる。



「(…悪いな、銀時)」



迎えには、もう行けそうがない。