3






唸るもののふ。
翻る刃。
飛び散る血飛沫と肉体の一部。


怒涛の勢いで、生と死の駆け引きが火花を散らす戦場に、白と黒の相反する色合いで目を惹く2人がいた。



「あーあったく、泥くせ〜ったらありゃしねーよ。
いっつもいっつも汚ェところで剣振り回してよォ、いーかげん風呂の1つでも入りたいもんだね」



斬って、斬って、斬り続けて。
いつの間にか仲間たちとはぐれ2人きりになってしまった。

躍り出てくる獣面の天人たちをバッタバッタと斬り伏せるが、それでも斬る数より寄ってくる数が多いらしい。自分たちを囲む天人の輪は、どうやら少しずつその厚さを増しているようだ。
そろそろまたフンドシを締め直してこの異形の者たちの輪から抜け出さねば手遅れになるだろう。



「銀時」

「あ?なんですか〜今忙しいんだけどォ〜?」



目の前に迫った図体のデカい天人を斬り伏せながら、呼びかけられた方に目線をちらと向ける。長年の友人の背中は、やけに静かだった。

…いや、違う。いつも通りだ。こいつはいつも、こうなのだ。
自分たちとはどこか違うところをいつも見ている…。


「確かにどいつもこいつも私たちも、泥臭くってたまったもんじゃないな。

だがきっと、これがお似合いなんだ。
私たちに華々しいところは、一生似合わないだろう」


そう言いながらそいつは足元に転がった死体の服で、刀の血脂を丁寧に拭った。


「到底無理さ。生まれも違うし育った場所もあんなカビ臭いとこで、どうして今更華やかな所に行けるって言うんだ。
身の丈に合わないことはするもんじゃない」


何度か綺麗なところで刀を拭くと、そいつは刀を鞘に収めた。


「でもな、泥臭くていい。薄汚くったっていい。
それでも絶対大事なモンだけは私は汚したくない。

大事な奴との約束と、自分の魂にだけは、
私は違わず生きていようと思うよ、銀時」


だから


「またあとでな」


そうしてそいつは居合の構えを取り腰を落としたと思ったら、到底目では捉えきれない速度で剣を抜いて敵の海に向かって行った。





----------------------





「待たせた」

「トシ。突入の準備は出来てる。これ中の構造」

「サンキュ」



排水溝から空調の穴まで全部ファイリングしてある。そう続けた錦に思わず心の中で嘆息する。自分が局長に報告するために一度屯所に戻った間で、よく纏めたものだ。



「ったくなんでもかんでも錦にやらせんじゃねーや。死ね土方」

「んだとっのクソガキャ…!」


いつものが始まる――と一瞬、突入前の緊迫感とは違った緊張が走るが、それを隊士たちが自覚するよりも早くゴンッゴンッと鈍い音が2つ続いた。



「突入前に遊ぶんじゃない」



まったく頭が痛いよ。
そうため息をついたのは強烈な拳骨を2人に落とした錦だった。
落とされた方はといえば、今は俺たちの方が痛いんですけどォォと呻いている。
周りの隊士たちは皆青くなった顔を苦々しく歪めていた。錦のゲンコツは真選組内名物なのである。



「2番隊は裏口を。5番隊は西にある出入り口を塞げ。武田はどこだ」



頭の頂点を抱える2人を尻目に隊士たちにテキパキと命令を下していく錦。隊士たちももう切り替えている。


「お前たち、奴さん方は15階だ。ぬかるなよ」


気取られないよう声を張り上げない錦に合わせ、隊士たちも頷くにおさめる。そしてそれを認めた錦が、土方を見る。
こういう場面では錦がいつも譲り、土方に華を持たせるのが常だった。
土方も阿吽の呼吸でそれを受け、隊士たちに向き直る。



「それでは今から池田屋に突入する。遅れをとるなァ!」





----------------------





――御用改めである!!神妙にしろテロリストども!!!


隊士たちを挟んだその先から聞こえる土方の一声に、こっそりとその場を離れた。
“逃げ”の名を冠する奴のこと。袋小路に追い込まれたとてやすやすと捕まってくれるとは思えなかった。



「錦様」

「ん、魁か。どうだった?」


自分の懐刀である監察方・志摩田魁であった。
真選組に籍を置かせてはいるものの、監察の一部はなかば錦の私設部隊ともいえた。魁はその最たる隊員である。
下り階段に身を潜めながらフロアの様子を伺う自分よりも、さらに下からこちらを見上げている。


「ハイ、やはり空でした。先ほど未確認のヘリが遠方からこちらに向かってくるのを別隊員が確認しました」

「まぁそうだろうなぁ〜」


ホテルの屋上にはヘリポートがある。予想するにはあまりに簡単すぎてむしろ不安になるくらいだ。


「ん、ご苦労」

「はっ」


後ろを見やることなく右手を振ると、魁は音もなく下がった。

フロアに視線を戻す。タイミングを見て戻らねば。

と思った瞬間



――ドゴォォン



どこか耳慣れた音が聞こえて、ため息より先に「また始末書か……」という嘆きを溢しながら影から足を踏み出した。


「しくじったって何だ!オイッ!こっちを見ろオイッ!!」


頭の中のフロア図、音が聞こえた方、逃走経路を一瞬で重ねて向かったそこでは予想も予想通り、壁がえぐれて木片がパラパラと落ちてきている有様だった。


「あ〜あ〜、これじゃどっちがテロリストか分かったもんじゃないな」

「錦!!いい加減こいつ締め上げろ!!」

「私に言うなよ」


間に挟まれるのも慣れきった錦の背中に沖田が隠れる。錦を挟んで睨みあう2人もいつもの光景である。


「副長!頭!こっちです」


そう隊士に呼ばれドスドスと床を踏みつけながら歩いていく土方に錦も続く。沖田も錦のすぐ後ろにつく形で続いた。


「副長、ここです」


案内された部屋は、外れた襖の向こうに物が積み上げられて、簡易的なバリケードが貼られていた。
姑息ではあるが時間は稼げる。
稼いでいったいどう切り抜けるのかが1番大事なことなのだが。


「オイッ!出てきやがれ!!無駄な抵抗はやめな!
ここは15階だ!逃げ場なんてどこにもないんだよ!」


土方はそう声を張るが、実際逃走経路は厳密にはまだ“ある”。しかしこのような状況下では脅し文句の正誤はどうでもいい。ただ立て籠もった犯人が出てくるよう仕向けるのが狙いなのだ。

分は悪くない。
立地的なことだけを考えれば真選組に利がある。
なぜなら真選組は少数精鋭、それに合わせて追い込み漁よろしく相手を囲み込み畳み掛けるのを得意とする。今の状況はうってつけだ。

しかし相手が桂であるとなると話は変わってくる。奴が大使館をつついたくらいで満足するような玉だとは思わない。もっと大きなターゲットがあるだろう。

そのためにまだ持っているはずだ。
“アレ”を…。


「オーイ出てこーい。マジで撃っちゃうぞ〜〜」


しばらく様子見で黙ってた土方が最終勧告を出す。その横で沖田が隊士の時計を確認した。


「土方さん夕方のドラマの再放送始まっちゃいますぜ」

「やべェビデオ予約すんの忘れてた」


そんなとんちんかんな理由で手早く済まそうと隊士にバズーカを担がせた時、


――ドゴォォォン


すさまじい勢いでバリケード諸共襖を蹴破ってきたのは当の立て篭もり犯だった。
そのままの勢いで隊士たちの間を駆け抜ける敵に、土方が隊士に檄を飛ばす。


「何やってんだ止めろォォ!!」

「止めるならこの爆弾止めてくれェ!!!」


土方に負けじと声を張り上げたのは先頭を走る男で、手には丸いものを持っていた。


「(やはりあったか…!)」


予想通り爆弾を有していたが、どうやらスイッチが入っているらしく、今では当たった予測も虚しいだけだ。


「爆弾処理班とかさ…なんかいるだろオイ!!」


必死に助けを求める男だったが、爆弾を目にした警察は我先にと蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「ちょっ待てオイぃぃぃ!!!!」


錦は考えるよりも先に騒ぎから離れた。このようなめまぐるしい動乱の中で身の安全を確保し生き延びる為には、頭を冷やして俯瞰的に戦いを見ること、一旦引くことが何より大事である。

ドタドタと走り抜ける後姿と隊士たちの逃げ惑う姿を見送り、踵を返し部屋の中に飛び込む。
が、しかし。


「フン…相変わらずトンズラ決めるのが早いな」


部屋はもぬけの殻であった。

出て行ったであろう別の出入り口から外に出、騒ぎとは離れた階段に向かう。エレベーターは突入時に差し止めたので使えない。
歩みは早くなかったが、別に急ぐ必要はなかった。間に合わなければそれはそれでいいのだから。


すべての階段を上りきり、屋上に上がる。階段の途中でどこからか爆発音が聞こえたが、知ったこっちゃない。どうせあとでまとめて始末書を書くはめになるのだから、今更増えたところでそう変わるまい。

中途半端に閉まっていた屋上のドアを開くと、空には煙がもうもうと漂っていた。爆弾はどういうことか上空で爆発したらしい。

屋上の端から下を見下ろす長髪の男に近づこうとすると、まるで男がこちらに気付いたように喋り始めた。


「…フン、美しい生き方だと?アレのどこが美しいんだか。俺にはとんと分からんな」


まるで自分に話しかけるようであったのだから、返さねばなるまい。道理である。


「そうか?私にはそう悪くないように映るけどね」

「フッ、お前も相変わらず酔狂だな。

…まぁそうだな、昔の友人が変わらずにいるというのも、悪くないものだな……」


そう言って振り返りヘリの方へ歩いていく男。風に煽られて黒の羽織が翻った。


「そういうお前はどうなんだい。
ずいぶんと変わっちゃったように見えるけど」


そう言った錦を流し目で振り返り、薄く笑って桂は言った。


「お前程ではないさ、真選組監察方頭領、古見錦殿」


そう憎まれ口を返した桂が乗り込んだヘリは、間を置かずに浮き上がった。プロペラに煽られて巻き起こる風に、腕で軽く顔を守ってヘリを見送った。

視界を下げると、向かいのビルの垂れ幕にぶら下がる膨れ上がった銀髪が見えた。
誰がどう見たって、不恰好な姿だ。


「相変わらず、薄汚い格好だなぁ」


自分も、人のことは言えないが。

みんな、お互い変わらんなとため息が出た。