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昼下がりの午後。
窓からうすらと差し込む光に今の状況を忘れそうになる。


「ただいま」

「オウ」


窓の正面に位置する戸を静かに開き、買い出しに出ていた錦が帰ってきた。
外に出た時に張り込みがバレないよう制服は脱ぎ、和服に薄いコートを合わせている。


「はいコーヒー」

「サンキュ」


コーヒーを手渡しながら隣に座り、ついでに腹に入れときなとサンドイッチも取り出す。コーヒーの味に頓着する細やかさなど皆無の土方だったが、いつも錦が差し入れてくれるこのコーヒーは、不思議と気に入りだった。


「総悟爆睡じゃん」


アイマスクを装着し、仰向けに寝こけている亜麻色の髪の青年に目線を向ける。


「ソイツは寝ててくれた方が助かる」


対して目を向けることもなく返す土方。

土方と沖田。
この両名は水と油であり、口を開けばすぐ喧嘩に発展した。


「なぁんだ、総悟の好きそうなモン買ってきたのに」


袋の中をガサリと開き一瞥し、そう言葉だけでごちる錦。それをぼんやりと見つめ、土方は煙を吐いた。

錦はこういうところが多分にあった。人を甘やかすのが妙に上手いというか、人の望むものを自然に与えることの出来る人間だった。


上に立つものとしてこれ以上ない才能だったが、上に立つ人間だからこそ、錦が下を甘やかすことに良い顔をしないのが相方の土方であった。
当の本人といえばそんなつもりこれっぽっちもなく、土方が小言をこぼすたびにきょとんとするのだが。



「俺が食う」

「ま〜たそんなこと言って〜。マヨネーズ入ってないよ?」

「俺がマヨネーズしか食わねーとでも思ってんのか!!」

「冗談だって。まぁ割と思ってるけど」


でも甘いから十四郎イヤだと思うよ。
そうやってヘニャヘニャと笑う錦に思わず力が抜けてしまう。この錦を前にして自分のペースを保ち続けられる人間を土方は知らなかった。

カフェオレを飲みながら、コンビニスイーツを食べる錦をふと見ると、耳の上あたりの髪の毛が入り込む風に揺れていた。
日差しをふわりと受けて、耳に沿って流れるような癖がついたそこが気になって、思わず手を伸ばした。


「ん?」

「また癖出てきてるぞ、ここ」

「あ〜やっぱりか。最近散髪行ってないからなぁ」


そうおどけて笑った錦の手は、確かめるように癖っ毛を触ってまたすぐスイーツに戻っていった。
その手のかわりに、髪を耳にかけてやる。こうすると、いつもに輪を掛けて童顔さが際立つので、それがおかしくて土方はこうしてやるのが好きだった。当の錦は知る由もないことだ。
そしてその触れ方が土方らしくない柔らかさであるということは、土方自身も自覚していないことである。



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時間をおいてしばらく、窓の外から轟音が響いた。
かすかに建物が揺れたが、意にも介さない。
これを待っていた。


「おーおー、煙が上がってらァ」

「や〜っといらっしゃった」

「あぁ」


土方は双眼鏡を覗き込み、錦は縦の窓縁に肘を掛け、通りの右手を眺める。今しがた爆音が聞こえたそこは、開国のきっかけとなった戌威大使館であった。
そこから一目散に通りを掛けていく4人の人物。そのうちの1人は今回マークしていた人物だった。


「ここに仕掛けて来ないワケがないからな」

「あぁ、とうとう尻尾出しやがった」

「退、」


目線を外に向けたまま呼びかけると、すぐに後ろから「へぃ」と返事が返ってくる。錦お抱え部隊、監察方の山崎退である。


「奴らの尻尾だ、離さず追いな」

「はいよっ」


自信が垣間見える軽い口調の返事だった。一言残して次の瞬間にはすでに影も形もない。
山崎は錦が白羽の矢を立て、手塩に掛けて育てた部下の1人だった。

すぐそばにあった手配書を錦が手繰り寄せる。


「天人との戦で活躍したかつての英雄も、天人様様の今の世の中じゃただの反乱分子か」


しみじみとこぼす錦の側に寄り、上から同じくその手配書に目線を落とす土方。
手配書には目鼻立ちの整った長髪の男が印刷されていた。過激派攘夷浪士、桂小太郎。今回マークしていた最重要人物だ。


「フン、このご時世に天人追い払おうなんざたいした夢想家だよ」

「はは、狂乱の名も伊達じゃないね」



錦の手から桂の手配書を奪ってくしゃくしゃに丸めると、未だに眠る青年に起きろという言葉と一緒に投げつけた。
上手い具合に頭でバウンドした手配書は、コロコロと畳に転がって止まった。

ムクリと静かに起き上がった彼に、呆れたため息が意図せずこぼれる。


「お前よくあの爆音の中寝てられるな」

「あの爆音って……またテロ防げなかったんですかィ?
何やってんだィ土方さん真面目に働けよ」

「もう一回寝るかコラ」


下ろしたアイマスクの下から綺麗なかんばせが現れる。
くるりと丸い目、流れる形のいい眉、控えめだがバランスの取れた鼻、収まりのいい口。顔の黄金比に忠実で、それでいて未だどこかあどけなさを感じさせる青年だった。
見る者によっては少年とも呼ばれるだろう彼が、真選組随一の剣の使い手と名高い、沖田総悟その人である。


「天人の館がいくらフッ飛ぼうがしったこっちゃねェよ。連中泳がして雁首揃ったところをまとめて叩き斬ってやる」


逸る心が土方の手を刀身に滑らせる。
黙って獲物が引っかかるまでまんじりとせず張り込みをした甲斐があった。慣れないことをしたためにいきり立つのも仕方ない。




「真選組の晴れ舞台だぜ。
楽しい喧嘩になりそうだ」









「あれっこれ出たばっかの菓子じゃねェですかィ、どうしたんでさ」

「総悟が喜ぶだろうって買ってきた」

「さぁっすが〜〜」


「オーイ、お前らから綺麗に首落としてやるからそこ並べ」