04



「真選組内で、今何かが起きている…そういうことですか?」


日がとっぷり落ちた代わりにネオンで照らされたかぶき町を、銀時率いる万事屋一行はトッシーを連れ立って歩いていた。というのも、少々不本意ではあるがひょんなことからトッシーの出現について探ることになったのだ。
鉄子のもとで一瞬戻ってきた土方の震える口から出てきた言葉は、「真選組を頼む」の一言。
滅多なことでは弱みを見せる発言も、自分たちを頼りにすることもない彼のあの瞬間の只ならぬ目の熱さを覚えてる。新八は着物の下の背筋を、何かがゆっくりと這い上がるような心地になった。


「もしかして、土方さんもそのせいで真選組クビになったんじゃ…」


対して先頭を歩く銀時はというと、「さァなァ」と歯牙にも掛けない様子で鼻をほじっている。


「まぁ何が起きてようが、俺たちには関係ねーだろ。
いざとなったら錦もいんだし、これ以上深入りはよそうや」


ピッと鼻から抜いた指を弾く銀時を横目に見上げて、それでも新八はまだ自分の中から不安が未だ去っていない事に気付く。銀時は事あるごとに錦が錦がと繰り返す。本人は無自覚かもしれないが、相当信用しているのは分かる。だけどそれは今後ろをふらふらついてきている土方も一緒なはず…。


「でもあの土方さんが、よりによって僕らに頼み事をするなんて。
あのプライドの高い土方さんが、恥も外聞も捨てて、人にものを頼むなんてよっぽどのことが…」


妙な胸騒ぎを押し殺せず真選組を案ずる新八の言葉を遮るように、パトカーがけたたましく横付けしてきた。車体には警視庁真選組の文字がある。
車両からバタバタ隊士たちが降りてくる。


「副長……!!ようやく見つけた…!」

「大変なんです副長!
すぐに隊に戻ってください!」


駆け付けた隊士たちに緩んでいた緊張の糸がピンと張る。
やはりのっぴきならない問題が起きているんだ。察した新八がすかさず「何かあったんですか?」と隊士たちに問いかけた。
今やトッシーとなってしまった土方は、現状についていく事が出来ずに呆けている。


「山崎さんが…山崎さんが…!
何者かに殺害されました………ッ!!」


突然の報せにさすがの銀時も顔付きを変えた。
どうやら真選組内部は思った以上に穏やかではなさそうだ。


「や、山崎さんが…!?」

「屯所の外れで頭と一緒に血塗れになって倒れているところを発見されたのですが……、もうその時には……ッ!
山崎を庇ったと思われる頭も意識不明の重体です…!」

「…頭って……そんなまさか、錦さんまで…!?」

「……おいおーい、アイツがそこら辺の奴にそう簡単に遅れをとるタマかよ。なんかの間違いじゃねーのか」

「頭は副長を庇い厳重な謹慎処分に課されて帯刀は許されていなかったんです!

副長!とにかく一度屯所に戻って来てください!」


一刻も争う事態だ。隊士の1人が尻込みするトッシーの腕を掴みパトカーに引きずっていく。


「ええ……でも拙者クビになった身だし…」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!


さあ早く!


副長も…!山崎の所へ…!!」


2人を取り囲むように回り込んでいた隊士たちが腰の刀を一斉に抜く。隊士たちが土方を連れ戻しに来たのではなく始末しに来たのは火を見るより明らかだった。

とっさに銀時はトッシーの袖なしジャケットの首根っこを掴み、パトカーを踏み台にして一目散に駆け出した。神楽が手近な位置の隊士を蹴散らす。


「イィイタタタタタ坂田氏ッ!
Gジャンの肩の部分が食い込んでる!!
さながらベルセルクのガッツが如く腕が千切れそうだァァア!!」

「うるせェェエーーーー!!!
テメーは黙ってろ!」


掴んだ襟ぐりを無情に離すと受け身のとれないトッシーが地面に叩きつけられた。


「どういうことだアレェ!」

「なんで真選組が土方さんを!?」


後ろからトッシーが情けない声を出しながら走って来るのを意に介さず走り続ける。ビルとビルの間に急に光が差し込んだ。車…真選組車両のライトだった。パトカーはそのまま狭い路地をこちらに突進してくる。すかさず神楽が前に躍り出て両足を踏ん張り、突撃してきたパトカーを真っ向から掴んで受け止めた。


「あわばばばば神楽氏!!すごいよさながらDr.スランプアラレ氏の再来の如く…」

「ウルセェェェエエエ!!
だれかソイツを黙らせろ!」


ボンネットに飛び乗った銀時が、先程神楽が止めた衝撃で割れたフロントガラス部分に腕を突っ込み、乗車していた隊士を放り出した。そのまま運転席にするりと滑り込むと、間髪入れずに神楽と新八も乗り込んでくる。置いていかれそうになりながらも、トッシーも慌てて乗り込んだ。勢いよく走り出した反動でドアが閉まる。
アクセルを踏み込んで今しがた走って来た道を突き進む。ほとんどブレーキを掛けずに元の道に曲がると、路地の入り口を包囲していた隊士たちが驚き後ずさる。4人を乗せたパトカーはボンネットをガタガタ言わせながら猛スピードでかぶき町を駆け抜ける。もう万事屋3人にはこれくらいのカーファイトは慣れたものだった。

銀時が運転席と助手席の間に取り付けられた無線機を手に取り、あーあーとワンクッション置いて喋り始める。


「こちら三番隊こちら三番隊、応答願います。どうぞ」


ザッ、とノイズが入ってあと、野太い男の声が返ってきた。


「土方は見つかったか」

「見つかりましたが超可愛くて強い味方がついてまして、敵いませんでした!どうぞアル」

「アルゥ?」


無線機を奪い取り勝手に話し始めた神楽の口調のせいで思い切り訝しまれた。後頭部をど突いて無線機を取り返す。
無線機からは伊東派の男が尚も続けた。


「どんな手を使ってでも殺せ!
古見を始末しても土方が残っていたのでは意味がない。
近藤暗殺を前に不安要素は全て除く。

近藤、古見、土方が消えれば、真選組は残らず全て伊東派に恭順するはず」

「3人を…暗殺……」


「我ら以外の隊士に気付かれるなよ。
あくまで攘夷浪士の犯行に見せ掛けるのだ。
この段階で伊東さんの計画が露顕すれば、真選組が真っ二つに割れる。

古見は死に、近藤の暗殺も半ば成功したようなものだ。
伊東さんの仕込んだ通り、隊士募集の遠征に就き、既に列車の中…。付き従う隊士は全て我々の仲間。

奴はたった1人だ。

近藤の地獄行きは決まった」


土方を早急に始末しろ、いいな。男がそう言ったあとまたノイズが入る。無線が切られたようだ。


「近藤さんが……このままじゃ近藤さんが暗殺される!」


事態は思っていたよりもずっと切迫しているようだ。伊東なる男の一派が近藤に対して王手をかけている。
焦った新八は土方を振り返り見るが刀に魂を喰われた土方は身を縮めて震えていた。


「ボクは知らない…ボクは知らない……」

「土方さん!しっかりしてください!!

このままじゃ貴方の大切な人が!
大切なものが…!
全部なくなっちゃうかもしれないんですよ!」

「…!し、知らないもん…!ボク知らない…ッ」


「銀ちゃん、どーするアル?」


震えて現実逃避を繰り返す土方から視線を切り、神楽が銀時を仰いだ。


「俺たちの……真選組を…ッ、護ってくれ……!」



「神楽、無線で全車両から本部まで繋げろ」

「アイアイサー!」


ザザッ、ザザザッ。
ノイズが止んだあと喋り始める。


「あーーもしもしィ〜聞こえますか〜税金泥棒〜。


伊東派だかマヨネーズ派だか知らねーが、全ての税金泥棒に告ぐ。

今すぐ持ち場を離れ、近藤の乗った列車を追え!
もたもたしてたらテメーらの大将、首獲られちまうよ!
コイツは命令だ。
背いた奴には、士道不覚悟で切腹してもらいまーす」

「テメー誰だァ!!」


気の抜けた喋り方の正体不明の男にいきり立った隊士が応答した。


「テメーこそ誰に口効いてんだ。誰だと?



真選組副長!!土方十四郎だコノヤロー!!」


「…銀さん……」


思い切り無線機を叩きつけて、息を吐いた。
気に食わないことが次から次へと起こって、果てには面倒ごとにまで巻き込まれた。冗談じゃない。
だけど本当に許せなかったのは、後部座席に座る男が本人の志に背いていることだった。


「腑抜けたツラは見飽きたぜ。

ちょうどいい。真選組が消えるならテメーも一緒に消えればいい。墓場まで送ってやらァ。」

「ッ冗談じゃない…!ボクは行かな…」

「テメーに言ってねェんだよ!」


トッシーがひ弱な声で反論するのをぐわっと胸ぐらを掴んで突っぱねた。
後部座席に身を乗り出したせいで暴れたハンドルをとっさに神楽がとる。右に左に揺れる車体を制御するのにいっぱいいっぱいで冷や汗をかきながら神楽をハンドルを握った。

掴んだ土方の胸ぐらを煽るように銀時が揺らす。


「オイ。聞いてるかオラ。

勝手にケツまくって、人様に厄介事押し付けてんじゃねーぞコラァ!

テメーが人にもの頼むタマか?
テメーが真選組、他人に押し付けてくたばるタマか?

くたばるんなら大事なモンの傍らで、剣振り回してくたばりやがれ!
それがテメーだろうが!!
このまま俺に押し付けるってーなら、
錦もまとめて返してもらうからな!」


いいんだな!?

乱暴にゆすりながら啖呵を切る銀時の横顔を、新八はハラハラと、だけど冷静に見つめていた。銀時の気持ちが痛いほどに伝わってきたから。


あの難攻不落と言われた錦が敵の思うままにやられたなんて思ってもいない。
思っていないが、目の前の男を庇って謹慎を食らったのも、部下を庇って深手を負ったのも嘘ではないのだろうことはよく分かった。そして庇い傷付いていたその瞬間も、この変わり果ててしまった土方が必ず真選組に戻って来ると信じていたのだと、そう思った。
ならば返さねばならない。
この男を。真選組まで。



「………てぇな……」

「!」


ぼそりと呟くように発された声を耳が拾った直後、グローブに包まれた右手が銀時の顔面を掴んだ…


「痛えって……言ってんだろがァァアア!!」


そのままハンドル横の無線機に後頭部から叩きつけられた銀時と、押しやった土方の横顔を見て、新八はあんぐりと口を開けた。
まさか、もしかして。




「まさか………………!!」