01 ドタドタ廊下を走る音がする。 音からして近藤くんだと当たりをつけて無視していると、スパンッと襖が勢いよく開かれた。 「錦ーーーー!先生が帰ってくるぞォ!」 「うるさい。襖は静かに開けて」 走る勢いそのままに部屋の前に滑ったのだろう体勢で叫ぶ近藤くんが大変暑苦しい。 飛ぶように側に正座した彼はニコニコ嫌味のない笑顔で続ける。 「仕事なんていいからさァ〜!!今日は宴にしよう!」 「宴ぇ〜?なんのだよ…」 「だって錦と先生が揃って屯所にいること全然ないじゃ〜ん!いいじゃんいいじゃ〜〜ん!」 酒飲もうよォ〜〜!と身体をわさわさ動かしながら説得してくる近藤くんだが理由なんてなんでもよく、要は自分と伊東をダシにして飲みたいだけなのはお見通しだ。そわそわ返事を待つ近藤くんをちらりと横目に見てため息をつく。 「ハァ……好きにすれば」 「ヤッターーーーーー!」 「ところで、十四郎は?」 「それがよォ、さっき先生から電話があったんだがどうやら2人一緒にいるらしいんだよ。 隊士に迎えに行かせたからそろそろ帰ってくるぞ」 「一緒に…? ふーん」 あの2人は触れればバチバチッとショートしそうな程の犬猿の仲だ。たまたま街中で会ったからといって同じ車両で帰ってくるだろうか。天変地異だな。 迎えに行かされた隊士はさぞ生きた心地がしないだろう。 「ていうか近藤くん。それやめて」 「エエ?なんでだよ〜。つーかお前の部屋キレイだなァ」 間抜けにも刀の先に取り付けられたコロコロで畳を掃除する近藤くんは、「髪の毛1つ落ちてねえ…!」と感動に唸っている。 やめろ。その刀誰が勘定方に経費申請すると思ってるんだ。自腹にさせるぞ。 -------------------- 「伊東鴨太郎くんの帰陣を祝して、 カンパーーーーーイ!!」 近藤の音頭に合わせて隊士たちがカンパーーイ!と合いの手を打つ。 上座には中央に近藤、その左隣に錦、その反対隣に伊東が座している。 豪快に笑いながら飲む近藤と違い、両サイドの"頭脳"は至って静かにお猪口に口を付けている。 取り寄せられた膳を慎ましく食べ始める錦の隣で、近藤は伊東に酌をする。 「いやぁ〜〜伊東先生!今回は本当にご苦労様でした! しかしあれだけの武器、よくもあの幕府のケチ共が財布の紐を解いてくれましたなぁ〜」 上機嫌に、部下であるはずの伊東に酌をする近藤を土方は目の端で見ていた。傾けられた徳利から透明の酒が注がれる。 おだてられた伊東は当然そうにその注がれた酒を飲み干した。 「近藤さん、ケチとは別の見方をすれば利に聡いということだ。 ならば僕らへの出資によって生まれる、幕府の"利"を説いてやればいいだけのこと。 もっとも、近藤さんの言う通り、地上で這い蹲って生きる我々の苦しみなど意にも介さぬ頑迷な連中だ。 日々強大化していく攘夷志士の脅威を分かりやすく説明するのも一苦労だったがねぇ」 己の苦悩に思いを馳せているのか、幕府への皮肉にも嘲笑が混じる。当然のように説明する伊東に、とっさに分かったふりをして「違いない!違いないよ、頑迷だよねぇアイツら!ほんっと頑迷!」と話を合わせる近藤だったが、総悟に「近藤さん、頑迷ってなんですかー」と問われて化けの皮を剥がされそうになり慌てて「うるさいお前は!!!子供は黙ってなさい!!」と突っぱた。 「近藤さん。 あのような者たちが上にあってはいずれこの国は滅ぶだろう。 我々はいつまでもこんなところで燻っていてはいけない」 語りながら立ち上がり拳を握る伊東。演説にも力が入る。伊東は近藤の後ろに回り、肩に手を添えた。錦は静かにお猪口を傾けている。 「進まなければならない! 僕らはもっと上を目指して邁進しなければいけない。 そしていずれは国の中枢を担う剣となり、この混迷する国を救うことこそがこの時代の武士として生まれた者の使命だと僕は考える! そのためならば、僕は君にこの命を捧げても構わないと思っている。 近藤さん……一緒に頑張りましょう!」 「みんな、頑迷に頑張るぞ!」 力強く頷いた近藤の鼓舞に、錦だけが「近藤くん、頑迷の使い方間違ってる」と応えた。 そんな伊東を隊士たちは胡乱げな目で見ていた。白い目を向けながらひそひそ話し込む隊士は1人2人ではない。 「ま〜た始まったよ、伊東さんのご高説が」 「局長も先生なんて呼んでだぜ、うちに入って1年余りの新参者を…」 ―― 参謀・伊東鴨太郎。 武士の家系に生まれ、幼少期から文武ともに秀でた才子であったという彼は、剣技も一流であり、北斗一刀流免許皆伝の腕前である。 真選組に入ってまだ1年余りの新参者だが、異例のスピードで出世した男だった。 幕府の重鎮たちとの交渉によく駆り出される伊東は、真選組においては異色の存在である。 学が無く口下手な田舎侍たちの中では数少ない弁の立つ隊士である錦も、こと幕僚たち相手では伊東ほど上手くは立ち回れなかった。 それは錦の持たざるものを伊東が持っていたためだった。 錦が持たず伊東にはあるもの、―― それは"身分"だった。 身分差別者のはびこる幕府内では、もともと記憶も戸籍もなかった錦は犬畜生にも劣る扱いであった。 そんなところに現れたのが伊東だ。 どこぞの馬の骨とも知れない錦と比べ、伊東は名家の次男で名のある道場の免許皆伝者でもある。 伊東はその頭脳とスキルをもってして錦には到底手の届かないところでその采配を振るい、"参謀"という新たな地位まで登り詰めた。 その功績は今日この場でも伺える。 そんな伊東を、錦はともかく隊士たちの中には目の上のたんこぶのように煩う者達も多い。 真選組トップ2に対して対等に、あるいはそれ以上の振る舞いで接する伊東に自分たちの縄張りを侵されているように感じていた。そしてあろうことか錦に対し当てつけのように振舞うことも多々ある伊東に、隊士たちは業を煮やしている。当の近藤と錦がなんとも思ってなさそうなところが、余計に腹立たしい思いにさせていた。 同じ頭が切れるといっても土方は政治面で上手く采配を振るえるような器用さと狡賢さは無いし、錦は前述の通り未だ一部の幕僚からは密偵という表には功績が現れない仕事柄認められていない。 この策略と陰謀の渦巻く幕府の情勢をキャッチし先を見通し立ち回れるのは、現状真選組では伊東ただ1人だ。 宴会も終わり静けさを取り戻した夜の屯所で、缶ビールを手に廊下を歩く錦の正面から伊東が歩いてきた。無言のまますれ違った瞬間、呼び止められたので振り返った。 「日中土方くんと街で一緒になったよ」 なにかと思えば、昼間近藤から聞いた話だった。 「そうらしいね。近藤くんから聞いたよ。 珍しいよね、どういう経緯で?」 「まだ君も知らないんだな…彼の愚行ともとれる今日のあれを」 「あれ……?」 おざなりに話を聞いていた錦が身体を伊東に向ける。伊東から聞かされたのは昼間見た、攘夷浪士たちに土下座し命乞いをする土方の姿についてだった。 「まさかそんな…」 「疑うなら確かめればいいさ。 あの調子ならいずれ君も目にすることがあるかもしれない。 少なくとも、君は諸士調役も任されているのだから相方である彼を真っ先に調べるべきだと思うがね」 そう不遜に言い残し去る伊東を背に、錦もまた歩き始める。腕に下げたビニール袋がガサリと音を立てた。 |