8 ロビーを出た自分たちの前に、待ってましたと言わんばかりに荒々しく提灯を下げた警察車両が滑り込んで来た。運転席から降りて車体越しにこちらを呼ぶ原田に手で応え、足早に側による。 乗り込もうと手を掛けたところで、後ろから山崎が騒がしく走り飛んで来ては自分が運転すると言い運転席に乗り込むので、錦と原田は顔を見合わせて共に後部座席に乗り混んだ。 停車した時同様、荒々しく発車させられたパトはそのまま病院のロータリーを飛び出して行く。雨に濡れて光る路面など、気にも留めない。 雨が車体を叩く音に混じって、やおら近藤が口を開いた。 「ザキ、お前もお前だ。処分は免れないぞ」 「ハイ……覚悟してます」 「少なくとも僕には言っておくべきだったとは思うけど、止められてたんだろうし仕方ないな」 「…頭には特に言うなと口止めされて……」 「すまねぇな錦。 お前にもいつも迷惑かけちまって。 アイツらの手綱をとれる奴なんざ、他にいねェからよ」 腕を組む近藤が、俯きながらそう言った。 今日になっていくつも頭を悩ませることが起こったせいか、近藤の目には悲しい光に濡れていたが、錦はわざと気付かない振りをした。 「手綱なんてつけるほど、品性のある子たちだったっけ?アイツら」 湿っぽい空気なんて知らぬ顔の錦の言い分に合わせ近藤は笑ってちげえねえ!と便乗した。車内の空気が少しだけほどけた。 「――それに、3人らしくて好きだよ。 殴って戻して、また殴っては戻す。 隠し立てしない、分かりやすくて、不躾だけど真っ直ぐなところが。 君たちらしくて僕は好きだ」 一昔前のテレビかって感じだけどね。 そう締めくくった錦の冗談を最後に、目的地に着くまで2度と誰かの口が開かれることはなかった。皆口を引き結び、目には険しい色が宿っていた。 やがて街中に散らばった車両が合流し始めた。 パトカーたちはウワンウワンと叫びながら、けたたましく街中を走り抜けた。1人仲間が戦う、埠頭まで。 ------------------ 港に着けば、嫌でもどこに土方がいるのか分かった。 パトカーを降りてすぐ、近藤の激しい令が飛び、隊士が雨を蹴って動き回る。 叩きつけるような雨にすぐに制服が体を押さえつけるように重たくなる。ぐっしょりと纏わりつく布地が煩わしい。 近藤の大まかな指示に添って為される錦の細かな采配に従いすぐさま散開していった隊士たちに遅れを取らぬよう、錦も走り出した。 隠密行動をするなら単身が基本だ。 敵に気取られる事なく土方の側まで行くことを優先して、物陰に隠れながら走った。包囲する様に突入させた隊士たちにより敵の意識はこちらに向けられない。積み上がった箱を足掛かりにして手を使う事なく上に登った錦は、今度はコンテナからコンテナへ渡っていく。 雨がひどく地を打ち付ける。 「どさくさに紛れていくつかブツを失敬するくらいであればどうするかはお前たちに一任する」と暁鴉に追って伝達してあったので、もしかしたら今頃は既に事を終えて雲の上にでも逃げ果せているのかもしれない。この視界が烟るような雨に加えて海は荒れて遠くは見えず、戦場もこの混戦具合だ。誰も気付くまい。 コンテナのへりを蹴りつける。 数メートル先のコンテナに着地し、体勢を崩すことなく次の足を出して走り続ける。時折物影に隠れては様子を見ながら進んだ。 走り続けながら、雨の中にミツバを見た。 分かってる。幻影だ。 自分の中のミツバが、早く早くと急かすのだ。 あの日のミツバの言葉が蘇る。 「いいわ。最期だもの。そのくらいでみんなの役に立てるなら、私、喜んでするわ。 だから錦くん。 そーちゃんを…… あの人を、よろしくね」 ――― 爆発音。 「行けェェエエエ!!!!」 突入を掛ける近藤を眼下に捉える。 離れた先にあるコンテナの上に、蔵場と手下たちがいた。 「しッ、真選組だァァ!!!!」 爆発を陽動にして下に降りる。近藤たちに気を取られている敵陣を、混乱に乗じて闇に紛れて進んだ。 近藤が土方の名を叫んだ。 足を止めることなく、しのぎを削りあう刀たちの中に躍り出た。誰も突然現れた人間に構ってる余裕などない。走る足は止めない。 コンテナ上から、男が砲撃を打ち込もうとするのが見えた。 再び、地を揺らすような爆発音がした。 「トシィィイイイ!!!!」 近藤の切羽詰まった悲痛な叫びが硝煙を突き抜けて届く。 錦は両腕の中のものを抱えたまま煙を振り切りコンテナ影に飛び込んだ。ドサリとコンテナに預けるように放し、自分も上体を低くする。手早くスカーフを外し、鼻と口を守る。 「テメェ…ッ」 放り出されたものーー土方が、驚いたように目を見開き錦を見るが、煙を吸い込んで噎せてしまった。咳き込む土方を錦はピシャリとはねつける。 「無駄口はあとにして。 蔵場が離れた。追うよ」 頭の後ろでスカーフを結びながら、立ち上がる錦は、土方の右腕をとって自分の肩に回した。走れないなら、自分が負傷した右脚の代わりをするしかない。 濡れた髪を貼り付ける横顔を見ていたが、すぐに気持ちを切り替えて土方は前を見据えた。 車で埠頭を脱出するならルートは限られている。敵車両は抑えていないが、すぐ近くに置いてあるだろう。土方を支えたまま走る。硝煙の切れ間に近藤と目が合ったので、無事をアイコンタクトで伝えると近藤は1つ頷き、露払いのために再び刀を構えた。 土方は舌打ちを1つだけ零したが、それ以上は何も言わずに片脚で地面を蹴った。 コンテナとコンテナの間を走り抜けていくと、向こうに車両走行用の道が見えた。それより手前、ここからそう離れていない所に、コンテナに登るのに手頃なサイズの小さめなコンテナがあった。 小さなコンテナの上に飛び乗った錦が、怪我をしている土方を問答無用で引き上げた。苦悶の息を漏らす土方など気にもとめず、さらに錦は急かす。 「乗れ!!」 膝をつき、肩の上に手を固定した錦が振り返って叫ぶ。コンマで錦の意図を理解した土方が、無傷の左足でその手の上に踏み込む。 錦が土方の足の裏を押し出すように腕を振り抜く。 2人の勢いを殺さず、土方の身体は浮かび上がりコンテナに乗る。背中はそのままコンテナの上に消え、やがてカンカンという足音も遠ざかって行った。 土方を見送った錦が、ワンテンポ遅れて小コンテナを降りる。土方が上からなら自分は正攻法で下から追ってみる算段だ。 車両用道路に出ると、ちょうど黒塗りの車が目の前を通り抜けて行った。後部座席には蔵場の姿。 そして… 「銀時…!?」 その車を追って、銀の字のスクーターが走って行った。 後を追う必要は無かった。 離れてはいるが、車体の上に乗る土方も、加勢する銀時も見えていたので。 終わるのだと、理解した。 敵陣に送り出したあの人は、もう役目を終えたのだ。 返して、もらわなければ。 「悪いな蔵場…。 こちらから勧めた縁談ではあるが、"アレ"は返してもらうよ。 アレは僕の大事な……… 道具 だからね」 最期まで有用な道具だった。 終わったのだ。 静かな隣人を巻き込んだ、自分の惨憺たる画策は。 「錦くんは、私の天使様よ。まっくろくろすけの、天使様」 「あの人のこと、お願いね」 「最期に役に立てるなら、なんでもする……ありがとう、錦くん。私やっと…」 終わったのだ。 遠くで真っ二つになって轟々と燃える車だったものを見て、錦は口に当てたスカーフを下ろした。 |