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男は刀を鞘からスラリと引き抜き、眼前に掲げる。抜き身の刃が光を返し鈍い輝きを放っている。



「刀は斬る。
刀匠は打つ。


侍は…………なんだろうな。


ま、なんにせよ、1つの目的のために存在するものは強くしなやかで美しいんだそうだ。コイツのように……」



照り返す光を遊ばせて、また鞘に納める。
喉の奥で殺すように笑みをこぼしながら、目の前の男――高杉晋助は続ける。



「単純な連中だろ?だが、嫌いじゃねェよ。

俺も目の前の一本の道しか見えちゃいねえ。
あぜ道に仲間が転がろうが、誰が転がろうが構やしねェ」



高杉が言った事。それは薄ら寒さを覚えるほど、恐ろしいことだと桂は知っていた。目的の為ならば手段を選ばず犠牲を厭わない――それでは意味がないのだ。いずれ元の木阿弥となろう。数多の屍を超えて来た目の前の男だって、それを知らないわけは……あるはずがないのに――…。



「それが、錦であってもか?」



その名前がこの場にあって触れられざるべき名前だとは知っていた。だからこそ踏み込んだ。
今明らかにしておかねばならないと、そう思った。
そしてわずかに場の空気が変わったことを受けて、桂は続きを口にする。



「そのあぜ道に転がる人間が、錦であってもか?
道端にアイツをゴミのように転ばせても、お前は歩いて行けるというのか!」



目の前の男は昔から口も素行も悪く分かりにくい男だったが、こと錦の事に関しては、誰よりもまっとうに…真剣に考えていたはずだ。錦のために駆け出す高杉を―そして銀時を―何度も見てきた。その度に冷静になるよう言いつけるのはいつも自分の役割だった。



「高杉…………俺はお前が嫌いだ!
昔も今もな……。


だが仲間だと思っている……昔も今もだ。



いつから違った、俺たちの道は……」



「……フッ、何を言ってやがる…」



桂の言葉を一笑に付した高杉は、懐に手をやるとかつての教本を取り出した。
今はもう煤けて、先ほどの自分に一太刀入れられ切り裂かれた教本。



「確かに俺たちは始まりこそ同じ場所だったかもしれねェ。だがあの頃から、俺たちは同じ場所なぞ見ちゃいねェ。

どいつもこいつも好き勝手。

てんでバラバラな方角見て生きていたじゃねえか。


俺はあの頃と何も変わっちゃいねェ。

俺の見ているものは、あの頃と何も変わっちゃいねェ。



俺は………………」



その時上空から馬鹿でかい戦艦が降りてきた。
遠くで自分の部下や鬼兵隊隊士が一層うるさくなった。
喧騒が酷くなる。
自分の左手はずっと刀に添えたままだ。目の前の男は、変わらず気の抜けた、しかし隙のない構えのままだ。



「ヅラァ、俺はなァ、てめーらが国のためだ仲間のためだと剣をとった時もそんなモンどうでもよかったのさ。


考えてもみろ、その握った剣。
そいつの使い方を俺たちに教えてくれたのは誰だ。
俺たちに武士の道、生きる術、それらを教えてくれたのは誰だ。

俺たちに生きる世界を与えてくれたのは…………

紛れもねェ、松陽先生だ。


なのにこの世界は俺たちからあの人を奪った。

だったら俺たちは、この世界に喧嘩を売るしかあるめェ。

あの人を奪ったこの世界を、ぶっ潰すしかあるめェよ。


なァヅラ、お前はこの世界で何を思って生きる。

俺たちから先生を奪った世界を、どうして享受しのうのうと生きていける……!!
俺はそいつが腹立たしくてならねェ…!」



肩も震わせず、静かな憤怒を露わにする高杉を、全く理解できないわけではない。むしろ痛いほど理解できた……しかし自分には、踏みとどまる理由が出来てしまった。



「…高杉……俺とて何度この世界を更地に変えてやろうと思ったから知れぬ。

だがアイツらが!
それに耐えているのに……
奴らが…1番この世界を憎んでいるはずの2人が耐えているのに、俺たちに何が出来る。


俺にはもうこの国は壊せん。

壊すには……大事なものが出来すぎた…」



脳裏に江戸で出会った人々が蘇る。
改革に意固地になるあまり盲目になっていた自分の目を開かせてくれた……大切な人々だ。
彼らの目に戦火は映したくない。
もう何も、失わせたくない。



「今のお前は抜いた刃を鞘に納める機を失い、ただ悪戯に破壊を愉しむ獣にしか見えん。


この国が気に食わぬなら壊せばいい。

だが江戸に住まう人々ごと破壊しかねん貴様のやり方は、黙って見てられぬ。

江戸には錦もいるのだぞ。貴様が知らぬわけもないだろう。
もうアイツにも護りたいものがある!お前はそれすらも壊す気か!


他にやり方があるはずだ!
犠牲を出さずとも、この国を変える方法が!


松陽先生もきっとそれを望んで……ッ!」



「キヒヒヒヒヒ!!桂だァ〜」



息巻く桂の後ろから、下卑た声に呼ばれた。
熱が上がるあまり、後ろが無警戒になっていた。バッと振り返り見ると、上のフロアの手すりから、天人が2人こちらを覗いているではないか。



「グフフフ、ホントに桂だぜ」

「引っ込んでろ、アレは俺のエモノだ」


「天人……!?」



天人がなぜここに……!?
鬼兵隊、高杉、天人……繋がらない点と点に思考回路が空回る。
何がどうなっているんだと、とにかく臨戦態勢に戻ったとき、後ろからあの押し殺すような笑みが聞こえた。



「ヅラァ、聞いたぜ。

お前さん、以前銀時と一緒にあの春雨相手にやらかしたらしいじゃねぇか。


俺ァねェ、連中と手を結んで後ろ盾を得られねぇか苦心してたんだが……

お陰でうまく事が運びそうだ。



お前たちの首を…手土産になァ」



「……ッ高杉ィ!!!」



流れていく。
夕日を背負って帰路に着いたあの頃の自分たちが。
道場で手痛い稽古を受けても我先にと立ち上がった自分たちが。
あの日無力感に苛まれ、決起し、…そして敗れた自分たちが……。

戦となったこの場の喧騒に、押し流され、掻き消されていく。






「言ったはずだ……

俺は壊すだけだ、

この腐った“世界”を」





笑い合う幼い自分たちが、遠くなっていく。