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幕府転覆を目論む鬼兵隊が、あらゆる兵器に手を出しはじめてから幾ばくか。
江戸に住まう天才と謳われた刀匠の息子が、最強の剣を求めカラクリに手を出しはじめた頃、鬼兵隊はその息子――村田鉄矢と出会った。

父、天才村田仁鉄の遺作『紅桜』を雛形に、更にカラクリの技を詰め込んで作られたソレは、まさしく“兵器”と銘打つにふさわしい一振りとなった。
今では紅桜の量産を図っている段階にまできている。



「いいよねぇ。僕も一度お目にかかりたいなぁ、その"紅い桜"をさ」



近頃江戸を恐怖の渦に陥れている辻斬りの件で屯所に呼び出されていた錦が、その犯人がいわゆる自分の“同志”、岡田仁蔵であることにはすぐに気がついた。

上がった報告書や捜査本部に顔を出した時に見せてもらった現場の証拠写真などから、並大抵の剣の使い手ではないことは明らかだった。
それも、どの仏も逆袈裟斬りで殺されていたため、錦はすぐに合点がいった。
ちょうど春雨を呼びつけて会合に持ち込むと聞かされていたのは今の時期あたりだったはず。そして前回彼に……高杉晋助に会ったときに「紅い桜がそろそろ咲く」と言われていた。人工知能を有す紅桜は、人を切って経験を積んでやっと完成する。――いや、“成長”し続けるのだから、完成とはいわないかもしれない。

ともかく、その紅桜を持って岡田が夜な夜な江戸を練り歩いているのだと気づくのに、そう時間はかからなかった。


それからの錦といえば、幕府に紅桜の存在を掴まれぬよう手を回したり村田鉄也の近辺を張ったり、忙しくしていた。
春雨と会うのに際して、件の浪人、桂小太郎と坂田銀時をどうにか手土産に出来ないかと話していた。そのタイミングに合わせて2人を誘き寄せる手立ては色々講じていたはずだが、こうなってしまってはどれもおじゃんだろう。
しかしその代わり、上手いこと糸がある一点に向かい束ねられていくように事が進んでいた。


「そんな呑気なことを言っている場合ですか。こんな状況になっては容易に向こうとも連絡が取れません。最悪の事態も想定しなくては…」

「そう焦るなよ、真面目だなぁ魁は」



なるようになるよ。

にっこり笑みを浮かべた錦の真意が読めない。志摩田魁は思わず口をつぐんだ。
自分が死ぬまで、いいや死んでも付いていくと決めた人はまるで風のような、浮雲のような人だ。仕えて長いが、真意のほどは自分などでは掴めもしない――…。



「村田は銀時のところへ行った?」

「はい。無事アレについて依頼をしたようです」

「そっか。じゃあやっぱり、なるようになるよ」



錦も高杉も、かつての同志、幼き頃から共に育った馴染みの彼らを迷わず『計画』に引きずり込もうとしている。それどころか、宇宙海賊と手を結ぶために首を差し出す算段だ。
しかし高杉、錦はお互いそう示し合ったわけではないが、そもそもあの2人を簡単に仕留められると思っているわけではなく、飽くまで“ダシ”に使いたいだけだ。

要は春雨を呼び出しさえすればいい。
こちらには兵器『紅桜』のスペアもあり、鬼兵隊が擁する武力を示すには申し分ないレベルにまで到達している。
その上、銀時と桂と敵対しているということを向こうに示すことができれば、同盟締結に追い風が吹くだろう。



「全部終わっちゃう前に見に行きたいな〜」

「正気ですか!?警戒レベルが高まってるこのタイミングで…!」



あくまでひそめた声で詰め寄ってくる魁に、いやだって気になってさ〜と錦は笑った。
むしろこの混乱の中であれば、捜査機関はすべて関連事項の調査にあてられるはず。
こういう場合で不審な動きをするのはもちろん悪手であることに間違いはないが、自分に限って下手を打つわけないという並々ならぬ自信が錦にはあった。
混乱に乗じて動き出す諜報員が内部調査員に捕らえられるところは何度も見てきた。
だからこそ調査員の動きは全て把握しているし、自分の目の届かないところをカバーさせるための部下たちは皆十二分に優秀だ。



「それに、桜の件を差し引いても、気になっててね」

「何をですか?」

「剣豪、岡田似蔵の…………抜刀術とやらをさ」



普段は風のようにふらりふわりと振る舞う目の前の人物の目に、ゆらりと幽かな炎が見えた気がした。
この人も己の剣を磨き続けている"侍"の1人なのだ。
これほどの剣客を自分は他に見たことがない。この人は、まだ上に行こうと言うのか――…

これは船で一波乱起こして来そうだと、志摩田魁は悟っていた。









監察方の数人は、ほとんど錦の私設部隊ともいえる懐刀たちだ。

志摩田魁を始め数人の隊士は、錦と同じく工作員である。
今の真選組が浪士組として集められるよりも前、動乱のさなか戦場を駆けずり回っている頃から一緒にいる者もいる。
数人を共に浪士組として幕府内部に潜入させ、残りは鬼兵隊に置いてきた。
錦がいない間は錦の代わりをしてくれる、優秀な飛び道具たちである。

魁もそうだが、皆 錦の無茶振りにも結局きっちり付いてくる、律儀で優秀な部下たちだ。



「――お待ちしておりました、錦様」

「うん。魁から聞いてた?」

「急ぎの文が飛んで参りましたぞ…程々になされよ」

「ふふふ、ごめんごめん」


船が停泊する港近くまで来た錦を待っていたのはその部下たちであった。
どうやら魁が烏たちに文をつけて飛ばしたらしい。
素顔を隠す、烏を模した面の内側で笑う錦に、同じ面をつけた部下があきれたのが分かった。
歩き出した錦の後ろを、足元まで黒衣ですっぽり覆った彼らが滑るように付いて来る。
その異様な光景に、船近くにいた鬼兵隊の構成員たちが慄くように道をあけた。鬼兵隊の幹部を除き、面の下を知る者はいないが冷酷非情な少数精鋭であるというのはほとんどの構成員が知るところである。馴れ合うことはない、畏怖の対象であった。



船に乗りこむと錦は迷うことなく船室に入って行く。
部下から高杉は船首の方にいると聞いていたが、ここに来た目的を果たすのが最優先である。

もちろん目的とは今回の作戦において賭けの部分となる、岡田仁蔵だ。


鬼と出るか蛇と出るか。
どちらにせよ、歯車は素晴らしい軌跡を描いて面白い方へ回っているのを錦は感じ取っていた。