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「え?そよ様が??」


珍しい人からの着信だった。

角筈の屯所に寄ったり近藤と連れ立って飲みに行くことはよくあるが、潜入で外しがちな自分には気遣って人を通して伝言することが多い上司が、珍しく真昼間に携帯に着信を入れてきている。
緊急かと瞬時に応答ボタンを押した。
電話口の上司は、少々焦りの混じる声で事の詳細を教えてくれた。


「こんな事が世間にバレでもしたら大騒ぎになるしよォ〜なにより攘夷党の人間に見つかったらとんでもねェことになる」

「そよ様が…珍しいこともあるものですね。分かりました。すぐに部下を江戸に散らします」

「ホンット助かるよォ〜〜。アイツらじゃ心許ねェが錦が捜査に加わってくれんなら安心だ」

「松平様にはあの時からの恩がございます。仕事でなくても飛んでいきますよ」



後ろを共に歩いていた直属の部下に目配せしながら答える。
上司ーー長官・松平は「頼むぞ」と言い、電話を切った。


女っ気もからっきしで、攘夷浪士の尻ばかり追ってきた真選組には十代半ばのやんごとなき身分の女の子の思考を読み解き、有象無象ひしめくこの江戸の中から探し出すのはなかなか難しいだろう。
松平が自分に電話を掛けてきたのも頷ける。


すでに後ろからいなくなった部下が、今頃散り散りになった監察の人間に伝達していることだろう。
年頃のうら若い、それも城下を走り回った事のない姫君だ。そう遠くには行けないだろうが、あてもなく逃げて変な所に紛れ込んでいるかもしれない。
とりあえず土方や近藤とすぐにでも合流した方がいいな。今頃急な出来事に屯所内も大騒ぎだろう。



照り付ける太陽が紗の着物を突き抜けて身体を刺す。
夏が今年もやって来る。











「あーーーあつい。
なんでオレたちの制服ってこんなカッチリしてんだ?世の中の連中はどんどん薄着になっててるっていうのに…おまけにこのクソ暑いのに人探したァよ」


十四郎と連絡がついてすぐに合流したあと新宿あたりを徒歩で探し回っていたが、自販機を見つけてちょっとタンマと今にも死にそうな顔で言うので一時休憩となった。

人々に紛れるためにもともと制服を脱いでいた自分と違い、今日も通常通り制服を纏う十四郎からはモワモワとした熱気が漂っていた。ただでさえ代謝の良い成人男性であるのに、着ているモノがモノだ。隣に立つだけで十四郎の体の熱が伝わっきた。

まぁまぁと宥めながら自販機の取り出し口からアイスコーヒーを渡す。
透けた紗の着物が羨ましいのかジトッとした目の十四郎と目があった。


「ったくよォ…もうどーにでもしてくれって…」

「そんなに暑いなら夏服つくってあげますぜ土方さん…」


後ろからかけられた声にバッと反応する十四郎。振り返ったすぐ横を刀が猛烈な勢いで振り下ろされた。
土煙の中、振り下ろした刀を携えて総悟が立っていた。



「あぶねーな。
動かないでくだせェ、ケガしやすぜ」

「あぶねーのはテメーそのものだろーが何しやがんだテメー!!!」


割れた地面を見て冷や冷やしながら十四郎が怒鳴り返す。
自販機で自分の分もとアイスコーヒーを買う後ろで、やいのやいの騒ぐ声を背中に聞く。体感温度だけじゃなくて血圧も上がっていそうだ。


「実は今俺が開発した夏服を売り込み中でしてね。
土方さんと錦もどーですか。ロッカーになれますぜ」

「誰が着るかァ!明らかに悪ふざけが生み出した産物じゃねーか!!」

「うわぁ〜引くほどダサいね」




「おーうどーだ調査の方は?」


「…………………」
「…………………」



後ろから合流した近藤の素肌に羽織った夏服(暫定)が目に痛い。
あまり目に入れたくなくて視線を逸らした。恥以外の何者でもない。


「潜伏したテロリスト探すならお手のモンだが探し人がアレじゃあ勝手がわからん。
お姫さんが何を思って家出なんざしたんだか…人間、立場が変わりゃ悩みも変わるってもんだ。
俺にゃ姫さんの悩みなんて想像もつかんよ」


写真の中のそよ姫は、憂いを帯びた表情をしている。輝かしい華美な着物や装飾品を纏ってなお、その表情はどこか暗さを感じさせる。



「錦はそよ姫とも交流があったんだろう?姫さんが行きそうなとことか思いつかんのか」

「そうか、錦は浪士組として集められる前は将軍家の護衛してたんですっけ」



名目は違うがその通りで、浪士組で招集される前は松平に雇われ、動乱の中荒れ放題の城の実情に左右されない自分がお庭番に代わる護衛として仕えていたのだ。
城仕えの日々の中で、そよ姫が自分だけに見せてくれた表情を少しだけ思い出す。
彼女は仕事中であっても規律や圧力に囚われない緩い性格を気に入ってくれていたのだと思っている。


「さすがにそこまでは…なんせ城下なんて満足に歩き回ったこともない子だし、そもそも市民の流行りモノだってよく知らないはず…そもそもアテがあって飛び出したわけじゃないと思うよ」



そう言うと、また近藤くんは剥き出しの腕を組んでうーーんと唸る。



「だいたいどうやって城を抜け出して来たんだか…」

「どうせこの暑さにかまけて見張りがサボってたにちげェねー。まったく迷惑な話ですぜ」


いつもの自分を棚上げして言いのける総悟に青筋を立てながらまったくだよなと返す十四郎。ふと
ぼんやり思い当たることがあることに気づいた。



「そういえば側仕えしていた頃、遊びの延長戦で城の隠し通路とか開拓したっけなぁ…」



一瞬の間をおいて、
「え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!」
と2人が声を合わせて声をあげた。


「お前なんつーことしてくれてんのォ!!」

「それじゃん!絶対それじゃん!」

「いやあの時代は今以上にお命を狙われてたし、遊びながら万が一のことに備えられたらと思って」



「局長ォォ!頭ァァァ!」


叫ぶ呼び声に顔を向けると、向こうから退が走って来る姿が見えた。
夏服(暫定)を着込んで。


「……………」
「……………」

「どーした山崎!?」

「目撃情報が!
どうやら姫さまはかぶき町に向かったようです!」


「かぶき町!?」


かぶき町とは言わずもがな今では江戸一番の歓楽街だ。
そよ姫にとっては最も遠ざけられた情報のはず。まったく知らないはずのその土地になぜ姫が…。
十四郎のよりにもよって…という呟きを右に聞きながら、錦は携帯でパトカーを呼び出した。







どうやらやはり姫さまと行動を共にしている人物がいるらしい。
そいつが姫さまを連れて昼のかぶき町を歩き回っていると言う。まったく謎だ。


かぶき町に隊士を散らばらせて歩いていると、近くの通りから十四郎の「確保ォ!!」という声が聞こえた。
走り出した部下のあとをいささかのんびりすぎる足乗りで続くと、隊士を蹴散らしながら姫ともう1人の人物が走り、なんとパトカーのボンネットを踏み台にして屋根に飛び上がって行った。

おお〜と呑気に見送っていると、隣のこれまた呑気な近藤くんがアレッとこぼした。


「ありゃ万事屋のとこのチャイナ娘じゃないのか?なぜ姫と…」


2人で屋根を見上げていると、横に総悟が「さァ」と言いながら並んだーーバズーカを持ちながら。



「ちょ、ちょっとォ!!総悟くん!?
何やってんの物騒なモン出して!!!」

「あの娘には花見の時の借りがあるもんで」

「待てっ!姫に当たったらどーするつもりだァァ!!!」


身を呈して総悟を止めようとする近藤くんに、迷惑そうに顔をしかめながら大丈夫大丈夫と雑に対応している。


「そんなヘマはしねーや。
俺は昔スナイパーというアダ名で呼ばれていたらいいのにな〜」

「オイぃぃぃぃ!!ただの願望じゃねーか」

「まぁスナイパーつってもバズーカ関係ないと思うけどね」


この事態にまったくおちゃらけたことをする後ろは放って、十四郎が屋根の上のチャイナさんと姫さまに通告を出す。これが最終勧告になればいい。このまま穏便に事が終わってくれればそれが一番だ。
事が荒だってもしょうがない。相手は少女2人だ。

腕をむき出しにしたふざけたロッカーがこぞって迎えるのも忍ばれる話だ。
顔見知りの自分が行った方が収まりやすくなるだろうと、屋上に続く外階段に足をかけた。


そよ様は小さい頃から籠の鳥だったが、周りの情勢の変化などを肌で感じながら生きてきた。敏感な子だ。引っ込みがつかなくなってつまらない意地を張るような子じゃない。


そよ姫を引き止めるチャイナさんとそよ姫を視認でき、一仕事終えたことを確信した。
別れをじっと見続けるのは野暮だ。そう思って視線を切って空を見上げた。

抜けるように真っ青な空だ。
籠の鳥だった姫様が外を飛びたがるのも頷けるなぁ、なんて。




戻ってきた姫様に帰りましょうと優しく声をかけると、こくんと首を縦に振ってくれた。
あとから上ってきた部下に姫を託した。名残惜しげにこっちを見るチャイナさんに教えておいてあげなければならない事がある。


「真選組の古見錦です、今日はありがとう」

「……なんで、お礼言うアルか」


おかしいヨ。そういって顔をしかめた。


「チャイナさんがいたからそよ姫様は今日無事でいれた。取り返しのつかないことになってもおかしくない身分の子だ」

「………お前に言われる筋合いないネ。私は、ただそよちゃんと友達だから遊んでただけネ」


落ち込んだ風の少女が、とても純粋であることが伝わる。
カゴを抜け出した姫に初めて出来た友達がこの子で、よかったと思う。


「うん、だから、ありがとう」


もう一度そう言うと、顔を上げてこっちを見たあと、また俯いてしまった。
綺麗な髪の毛の分け目があどけない。
そろそろ下に降りなければ。これから姫様をお城まで護送する任がある。なんちゃってロッカー共に姫様を遅らせられない。組の恥だ。


「ああそうそう」

「…?」

「将軍家にはお忍びで城下に繰り出す日があるんだよ。世間には極秘でね。

これ、僕の携帯番号」


また2人で待ち合わせするなら、仲介役がいなくちゃね。

片目をつむりながらイタズラに言うと、背中にチャイナさんの待ってヨ!!という声に引き止められた。



「私、チャイナさんじゃないヨ


神楽言うアル」




またナ、錦。



遠く光る青空より神楽の表情が輝いた。


江戸に夏がやって来た。
重く、暑い輝く夏が、入道雲と共に。

今年も暑くなりそうだ。