12 突発的に開催されることとなった「叩いてかぶってジャンケンポン大会」。 構成は先鋒 近藤対志村妙、次鋒で沖田対神楽、そして大将が土方対銀時という形になった。 錦はてっきり自分も出されるものだと思って輪に加わったところ、遠回しに先日の銃傷を理由に大人しくしておけと釘を刺されたため、ありがたく素直に身を引いておいたのだ。 敷かれた茣蓙から離れた地べたに腰を落ち着かせる。背もたれにした桜の幹がしなやかで立派だった。 せっかくこんなに肩の力を抜ける日なのだ。たまには羽目を外してどんちゃん騒ぎも良いではないか。 喧嘩でさえも酔いの肴だと言えるのは、やはり荒くれ者の中で育った名残だろうか。 「勝った方はここで花見をする権利+お妙さんを得るわけです」 「何その勝手なルール!!あんたら山賊!? それじゃ僕らプラマイゼロでしょーが!!」 唐突に付け加えられたルールに噛み付く眼鏡の少年を見て、純朴そうだと微笑ましく思った。 たしか誰かが彼を志村弟と呼んでいた。近藤の想い人の姓も志村ではなかっただろうか。 「じゃあ君らは+真選組ソーセージだ! 屯所の冷蔵庫に入ってた」 「要するにただのソーセージじゃねーか!いるかァァ!!」 「ソーセージだってよ、気張ってこーぜ」 「オウ」 「バカかーー!!お前らバカかーーーー!!!」 賑やかだなぁ。 錦はこうやって騒ぐ仲間達を一歩外側から眺めているのがとても好きだった。昔から。 かったるそうな気の抜けた笑みを浮かべる綿毛頭が風に揺れるのを不思議な気持ちになりながら見つめた。 「お、じゃーーーアレだ。 そこの暇そーにしてる奴でいいぜ」 銀時がおもむろにさした指の先を一同たどった。 「………え、頭?」 誰ぞかの呟きが地面にこぼれ落ちるよりも先に、むさ苦しい男衆の悲鳴のような雄叫びが轟いた。 「「「エ゛エ゛エエエェェェ!?」」」 「か、か、頭を賭けるだとォ!?何様だオドレェ!」 「こいつ正気かよ!」 「ふざけんなテメー!」 堰を切ったようにやんややんやとヤジが飛んでしようがない。 それでも銀時はなんだよ掛け値釣り合わせただけだろーがと平然と鼻をほじっている。 不用意に渦中に引きずり込まれた当の錦も、口を挟むでもなく相変わらず騒がしい輪を眺めているだけ。 「なんだヨオメーら金玉ちっせーアルな。男ならガタガタ言うなヨ。 こっちが美人賭けてんだからお前らも美人賭けるヨロシ」 「た、確かに一理あるな…」 万事屋一行の中華圏の格好をした少女・神楽の不躾なまでの言い分に、眼鏡の冴えない雰囲気の少年・新八が同調する。 「…困りましたねィ、そこいらのただの美人と並べねえでもらいてェや」 「フン、オメーらじゃ錦は御しきれねーよ、やめとけ」 「いやお妙さんは欲しいがだからと言って錦はおいそれとはやれねェなアンタら。諦めてくれ」 売り言葉に買い言葉。いよいよ口を挟んだ3人に、ここぞとばかりに銀時が畳み掛ける。 「おやおやそんなに勝つ自信がねーかィ?あ〜〜やだやだこれだから腰に刀ぶら下げてるだけのヘタレは〜。刀がなくっちゃ何にも出来ませんってかァ〜?っとに最近の若者ってのは精力が足りねェよ。こりゃ勝負貰ったも同然だな〜。 あ〜勝ったらナニしてもらおっかなァ〜。 今日は一晩中付き合ってもらっちゃおうかなァ〜〜」 ニヤニヤしながら錦を見やる銀時と視線が重なる。 …紛らわしい言い方しちゃって。 どうせ一晩酒盛りに付き合わせて奢らせるだけだ。銀時は酔うと絡み酒なので相手が欲しいだけである。いつも最終的に放置して帰るので、その仕返しとして最後まで付き合えとそう言うことだろう。絶対やだ。 しかしどうやらそのつまらない煽りは、燃え始めた火にさらに油を注いでらしい。 「アララお兄さんもう酒入っちまってんですかィ?妄言がすぎますぜ」 「どーせお前には錦は手に余るだろうが、現実知る前にその悲しい夢見ちまう脳みそ叩っ斬ってやるよ」 「おっおまっ、ナニってナニさせようとしてんだァァ!そんなコトお父さんは許しませんよ!!絶対に許しません!!!」 やる気になった真選組主砲3人に、さらにボルテージが上がる外野。囃し立てる声が増していく。 にわかに温度が上がってきた一行に、こりゃ体のいい着火剤にされたなぁと、誰にも知られず錦は笑った。 花見はやはり近しい者とするのに限る。 お遊びの延長線上の対決が結末を迎える前にふらりと抜け出して、静かに桜を堪能する。 暖かい陽光の中で光を返しながらひらり舞い落ちる桜の花びらは、まるで一枚一枚が記憶のフィルムのようだ。 誰かと共有できるのなら、それはとても素晴らしいことだと、古見錦は思うのである。 幹に背を預けながら、そういえば小さい頃幹だけで桜と梅と桃を見極めようとしたことがあったなぁと思い出す。もともと自然に対して知識のあった自分と違って、そういったことにはまるで興味のなかったその人は、いつもしかめっ面で植物とにらめっこしていたのを覚えている。 桜のカーテンを割って、一羽の烏が降り立つ。 錦の目線ほどの枝に止まった烏は、利発そうな眼差しで錦の目をじっと見ている。 「あんまり桜が綺麗なもんだから、いつもつまらなさそうに下を向いて歩いてる人たちも今日ばかりはみ〜んな上を向いてるね。 こんなに綺麗なんだもの、そりゃあすぐ後ろを蝶が飛んでも分からないよねぇ」 見つめ返して、手を伸ばして嘴の付け根をくすぐるように撫でてやると、嫌がるどころか気持ちよさそうにすうっと目を細めた。 袂から餌を取り出して手のひらに広げてやる。仕事をしたら褒美をやらねば。 草履が砂を踏む音がすぐ後ろで止まった。どうやら桜の木の反対で一服してるらしい。息を細く吐き出す音が聞こえる。 「皮肉だなぁ、こんなに美しい桜のベールが覆い隠してるのが、爛々と目を輝かせて徘徊する獣だなんて。 ねえ。 お前もそう思うでしょ?」 男のにんまり上がった口角からゆっくりと吐き出された紫煙は、ゆっくりと空に溶けていった。 桜が2人を包み込んで、そして誰も2人に気づかない。 さすがに錦も男も、もう桜の木の幹を見分けられるだろう。あれから何年も時が経った。幼かった2人はもういない。 男の着流しに蝶が舞っている。 嗚呼、桜が綺麗だ。 |