10 あれから度々銀時に呑みに連れ出されるようになった錦。 街の人たちにとって銀時はただのちゃらんぽらんだが錦はそうもいかない。 なんせ天下の(チンピラ警察)真選組のNo.2だ。 土方と違い、温和な人物として知られる錦は市井の人々から人気がある。人柄に加え、見目の良さも相まってその人気は強いが、そんな大物がツケを溜めるばかりのクルクルパーと何故サシ飲み…?といつも疑問の目で見られていた。 そして顔の広い銀時と呑み歩くことによって、新しい人々との付き合いも増えてきた。 長谷川というグラサン男も、その内の1人だ。 「そーかまた面接ダメだったのか」 「あぁ、全滅さ」 「長谷川さんも大変だね…」 暮れていく赤い日を背に、おでんをつまみながらしんみりと近況報告会をする。 空はまだ赤くなっていく途中で、たまにこうやって早くから呑むのもオツでいいものだ。 餅巾着と日本酒を味わいながら、友人の近況を聞く。 このグラサン男ーー長谷川と初めて呑み屋で顔を合わせたときは、共に幕臣(片方は元)とあって顔見知りだったのでなんとも気まずいファーストコンタクトになったものだが、今ではその蟠りもとけてきている。 「どいつもこいつもグラサン取れってよ。グラサンは顔の一部だぜ、取れるわけねーじゃねーか!」 そうやさぐれて吐き捨てる長谷川の右頬に間髪入れずにストレートが飛んだ。鈍い音で長谷川が椅子から吹っ飛ぶ。 「ぶっ!!!」 「バカヤロー、なんでもグラサンのせいにしてんじゃねーよ! つまずき転んだのを石のせいにしたところで何か変わるか?」 「や、グラサン取ればいいんじゃない」 おちょこを傾けながら口を挟むが、馬鹿2人には錦の声が聞こえていない。 「へッ……グラサンではなく俺に変われと? この年で今さら俺が変われると思ってんのかよ」 「…もういい座れよ。 オイ親父。コイツにお袋の味的なものを……」 「分かんないよ」 「バカヤロッお袋の味っつったらダイジェスティブビスケットに決まってんだろーが!!」 「それはお前の願望でしょ」 「長谷川さんよォ、信念もってまっすぐ生きるのも結構だがよォ。 そいつのせいで身動きとれなくなるくらいなら、一遍曲がってみるのも手なんじゃねーの? グラグラ曲がりくねっててもいいじゃねーか。 そうしてるうちに絶対譲れねェ一本の芯みてーなもんも見えてくんじゃねーか?」 銀時の言葉に虚をつかれた長谷川は思い直し、かくしてグラサンも失うことになったのだった。 -------------------- 「(長谷川さん大丈夫かなぁ)」 無事働き口を見つけたらしい友人を思い出しながら、錦は街を歩いていた。 その姿は街に溶け込むため、私服の白磁色の着流しであった。 長谷川は根が真面目なのだ。 他人に強く「こうだ」と指摘されると、「そうかもしれない」と思う素直さがあるのだ。いやもしかしたら首を切られたことにより自信がなくなっているからかもしれないが。 とくに銀時には一目置いているらしく、なんだかんだ言いながら銀時には強く出れないように見える。パシられてるとこもよく見るし。 あれはあれでパワーバランスのとれた2人だとも思う。 ーーキキィッ 考えながら歩く錦を追い越したところで、タクシーが急に止まった。 なんだと目を向けた瞬間、後部座席のドアが開いて中から白いモジャモジャがひょっこり現れた。 「おーおーオメーいいとこにいんな」 「うわ何かと思ったら綿埃か。 あっ間違えた綿埃かと思ったら銀時か」 「いずれにしても不愉快だわ!!!!!」 こんなハンサメン掴まえて馬鹿言うんじゃねーよ!と怒る銀時に近づいてみると、なんと運転席には長谷川がいるではないか。 「あれ長谷川さん新しい働き口ってタクシー会社だったの?」 「そうそう。も〜錦くんコイツ持って帰ってくんない?」 「や、どーりで銀時がいっちょまえにタクシー乗ってると思った」 「おいおいオメーなめんなよ。俺だってタクシーぐらい乗らァ」 「銀時大丈夫?降りる時お金払うんだよタクシーって。知ってる?」 「馬鹿にすんじゃねェェェエ!!!」 私服であったのを非番だと勘違いした銀時に車の中に引っ張り込まれるが、面倒臭かったので仕事なんだけどなァとぼやくだけで為すがままに乗ることにした。 「どう、長谷川さん仕事の方は」 「そのモジャモジャが乗るまでは順調だった」 相当銀時を乗せていたくないらしい。 歯に衣着せぬ物言いの長谷川に臆面なく、助手席と運転席の間から顔を出した銀時が長谷川の横顔を見た。 「こないだは死人みてーなツラしてやがったが、ちったァマシなツラになったじゃねーか」 もともと幕府の人間というお役所仕事ど真ん中の長谷川は、錦から見ても仕事人間だと思う。 仕事をすることで暮らしに意義を見出すタイプの人間である。 しかし長谷川はほざけよ、と一蹴する。 「何も変わっちゃいねーよ。 仕事変えたってだけで目的も何もねェ。 先なんて見えちゃいねーんだ…」 「そんなもんだよ長谷川さん。みんなね」 「そーーそ。地べた這いずりながら探してりゃそのうち見つかるさ」 「いや違うよーな気がする。 だってこの漫画で眼が濁ってんの俺とお前だけだもん」 そう容赦なく切り捨てたところで、道端に手を上げている人物が見えた。どうやら次の客のようだ。 降りろと息巻く長谷川に、タダで降りるのは悪いなと思った錦が懐から財布を取り出したところで車がブレーキを掛けた。 ーーーガタガタガタッ 「え?」 「なんでアイツがいんだなんでアイツがいんだ!!!」 「車出せ早く!!面倒事は御免だぜ!!!」 「は?なに?」 「上野動物園まで頼むぞ。 急いでくりゃれ」 2人の奇行を訝しげに見ていると、客が乗り込んできた。 どこかで見た事あるなと一瞬考えてすぐ記憶から答えを弾き出す。 度々問題を起こしたりメディアに登場する央国星のハタ皇子だ。幕僚の間では世間知らずの恩知らずで有名で、影でバカ皇子と呼ばれている。 これはさっさと降りた方がよさそうだと札を数枚抜き取って長谷川に渡そうとしたが、ハタ皇子の 「ん?おぬしら2人、どこぞかで会ったかの〜?」 という言葉に3人ともピタッと止まった。 「知りませんよ〜〜誰ですか〜アナタ。頭に卑猥なものつけちゃって」 「地球人なんてみんな醤油顔ですからね。みんな」 「そーか。それならいいんじゃが」 必死に頬をすぼめて知らぬ存ぜぬを貫く2人に、なんとなく事を察した錦がこれ以上巻き込まれては叶わぬとドアを開けて降りようとすると、そうはいかないとばかりに長谷川の腕が伸びてきた。 ーーー ガッ ガッ 「待てェェェェ!!!!2人共待ってくれェェェ!! 1人にしないでくれ!!オッさんを1人にしないでくれェェェ! オッさんはなァ寂しいと死んじゃうんだ!!」 「ハムスターかてめーは!」 「いい歳こいて何を言ってるんだ貴方は!」 右の後部座席から出ようとする錦と、助手席から降りようとする銀時を無理をしてでも止めようと両手で掴んで離さない。その様は身体が引きちぎれても離さんからなと言っているように見えるほど必死で、いっそ哀れみを抱くほどだった。というか引いた。 「オイ、早く出してくれぬか」 「ハイスンマセン!!!」 走り出した車内で、3人で口裏を合わせる。 「幸い奴は俺たちに気付いてねェ。 パーッと送ってパーッと帰りゃバレねーよ」 「だったら俺を解放してくれ」 「僕乗ってる意味なくない?」 「ヤダ コワイ サミシイ」 「なんでそこだけ外人なんだよ!」 思いっきり声でかくない?と思う錦だったがどうも皇子はこちらが何を話しているかなど気にもとめてないらしい。エベレストよりお高く止まってる皇子のことだ、辺境の底辺星のその平民の話など興味もないのだろう。 ドアと運転席の間から覗き込むようにして2人と喋る錦は皇子をチラ見した。見れば見るほど気持ち悪いなこの皇子。 「のう、おぬし。 手が空いてるなら余にサービスせい!」 急な無茶振りに隣に座っていることを後悔した錦だったが、目についた知らんぷりする白い綿頭を見てイラッとした。 「それなら白髪の彼の方が得意ですよ」 「いや……サービスだけれども なんでよりによって洗髪?」 銀時と場所を交代した錦が助手席で一息つく。 降りてそのまま帰ってやろうと思ったがすかさず長谷川がクラクションを鳴らしまくったためにあえなくまたタクシーに乗る羽目になったのだった。 洗髪するだけなのにギャイギャイうるさい後ろに辟易として目線を外すと、道端からパンチパーマの厳つい男が飛び出して来た。 「ッ長谷川さん止まって!!」 「!! うぉアアアア!!!」 キィィイとタイヤが地面とこすれる甲高い音がして止まった。咄嗟の出来事にも冷静さを貫いた錦は、男と接触しそうなその瞬間にも目を開けて前を見ていた。 「バババババカヤロォォォ!!あぶねーだろ!! 何考えてんだァァ!!」 窓を開けて冷や汗をにじませながら怒鳴りつける長谷川に、パンチパーマはバッと縋り付いてきた。 「オッさァァん!!! 頼む急用なんだ乗せてくれェェ!!!」 「うごっ!!苦しっ、止めろ!!!」 ただならぬ様子に錦がお兄さん落ち着いて!とその腕に触れると、男はテンパりながらも説明しはじめる。 「さち子がァァ さち子が急に産気づいちまって!」 なんだ妊婦かと息を吐いた瞬間、 「ギャアアアアアア!!!」 「あ、やべ。 急に止まるからとれちまったじゃねーか」 急ブレーキの反動で皇子の触覚が取れてしまったらしく、皇子はシャンプーと血を垂らしながら絶叫している。 余のチャームポイントがァァと嘆く皇子を見ながら、錦はアレ取れるんだと呑気な感想を抱いた。 またやいのやいの言い始めた2人にすかさずストップをかける。そんな場合じゃない。 「今にもガキが生まれそーな娘がいんだ!! 2人ともこの辺に産婦人科あるか?」 「ねーよ戻らねーと」 「そうだね戻った方が早い。長谷川さんUターンしよう」 「よしきた、」 3人が一致団結した側で、それを聞いた皇子が再び絶叫した。 「ふざけるなァァ!!チャームポイントもがれた上引き返すだとォ!?なめてんのか!!! こうなったら意地でもパンダを見るぞ! 早く車を出せェェ!!」 理性も倫理観も欠けらも窺い知れないことを言う皇子に思わず錦の顔も呆れたものになる。出たよバカ皇子、とありありと顔にかかれている。 「あんたよォ…パンダの一欠片でも地球人に愛情向けられねーのかィ?人間の赤ん坊もそりゃ可愛いもんですぜ」 「知るかァァァア! 貴様らのような下等で生意気な猿に情などわくか!! 地球人のガキがどうなろーと知ったことではない! 世を誰だと思っておるんじゃァァ!!」 ーーーガッ 「 誰なんだよ 。 ただの課長だろーがよォ」 片手で皇子の顔面を掴み上げた銀時が皇子を黙らせる。皇子がもごもご言っている。 「やめねーか。 皇子様になんてマネすんだてめーは…。 わかりました皇子様〜要はパンダ見れればいいんですよね? 意外と近場にパンダがいることに気付きましたよ」 長谷川の予期せぬ提案に、ハタ皇子は掴まれたまま本当か!?と食いついた。 道端でパンチパーマが情けない声で妻の名前を呼んでいる。 錦は車を降りて2人のもとへ向かった。ウチの部下を呼んで1番近くのパトカーで向かう方が早いかもしれない。 「どこじゃ!?」 あいた窓から皇子が聞く声が聞こえた。 次の瞬間 「明日鏡で自分の顔を見てみろォォオ!!!!!」 ーーーガシャァン!! ーーーー ドサッ 後ろを見ずとも十分、事は理解できた。余計な心配だったなと反省して、心がスッキリして自然と笑みがこぼれた。 「ホラ、お2人さん。今ちょうど席空いたけど、乗ってく?」 「乗らねーなら置いてくぞ」 「オッさーーーーん!!! 恩にきるぜ!!!」 涙で濡れた目をしばたかせながら、妻を抱き上げた夫の横を妻に声かけしながら車に先導する。 「ハイ、乗って」 「ありがとよ兄チャン!」 「奥さん、力んじゃだめだよ、しーっかり息吸って〜。 大丈夫、貴女のトコの大将男だよ。今度は貴女が女を見せてやんな」 妻は錦の言葉に目を開けると、口角をニッと上げて答えた。 「じゃあね、長谷川さん。この道戻って国道に出る2つ手前の角を右に行けば分かるから」 「国道手前2つ目だな。悪ィな」 「ホラ銀時行くよ」 「へいへい」 後部座席から降りた銀時と2人、すごい勢いで走り出した車を見送る。 2人とも示し合わせるでもなく、黙って歩き出した。土を踏む音だけが響く。 どちらの顔も、とても穏やかなものだ。 「元気な子が、生まれるといいねぇ」 「大丈夫だろ、あのパンチ効いた夫婦のガキなら」 「長谷川さん、やっぱアレがカッコいいね」 「だな」 ここからだと歩いたらお互い家まで長くなる。 が、たまにはこんな日もいいだろう。 なんだかとっても いい気分なんだから。 2人はぽつりぽつり言葉を交わしながら、ゆっくり帰り道についた。 |