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もともと近藤率いる道場組と、錦率いる山崎を除く現監察組は、浪士組で派閥争いを繰り広げていた犬猿の仲だった。
当の2人だけは全くそんな気はなかったようだが。


日を重ねるごとにバラバラになっていく浪士組。
お互いの大将を押し上げようと対立しぶつかり合っていく機運が、日に日に高まっていった。


浪士組として公の存在になるよりも前から松平に面倒を見て貰っていた錦たちは、他の者たちよりも学があり落ち着いているように見えた。もっと言えば、松平という後ろ盾のある錦たちは、落ち着いて見えたのだ。
それが気に入らず、鼻に付く野郎共だといちゃもんをつけられますます浪士組内の溝は深まっていった。


しかしある時を境にして、全ての浪士たちの錦を見る目が変わっていった。
そして、まとまりのない浪士たちを1つに纏めるため近藤に下るという形を錦がとったことにより、浪士組はやっと結束への一歩を踏み出したのだった。

近藤には光の当たる場所に立たせて自分は影に隠れて進んで汚れ役を買う錦。
そんな錦を自然と認め、浪士たちが尊敬するようになっていったのは遅くなかった。




そうして真選組は、

近藤を局長に、
そして錦を有事の際に局長に代わる権限を有す“局長助勤”に、
それぞれ据えて発足されたのだった。




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「そうか、マルタイは無事か、よかった」



眠りから覚めた錦を迎えてくれたのは多くの隊士たちだった。
まるで通夜のような空気で自分を囲んでいたものだから起きて早々笑ってしまった。


「よくねェよ頭!!どれだけ人がいいんだ!」

「頭が倒れてアイツがなんて言ったか知らねーでしょう!」

「へぇ、なんて言ったの?」


隊士が言いづらそうに言ったそれに、また声を上げて笑ってしまった。
傷に響いてすぐ飲み込んだが。


「笑い事じゃねェですって!」

「いやぁ、それだけ憎まれ口を叩けるんだからちゃんと無事なんだなと思って」

「頭ァ!」


困った顔をして糾弾する隊士にごめんごめんと返す。
暗い隊士たちの顔を見るに、この護衛任務に、幕府に疑いを抱いていることが見て取れる。
自分たちの存在意義とは何なのか、悔しさすらあるだろう。


「頭はなんであのガマを…」


頭が睨んだ通り、倉庫から山のようにクスリが見つかりました。
曇った顔で報告する山崎は、攘夷浪士のことについても調べを入れてくれていた。
優秀さが上に認めてもらえてないのは、男として歯痒いこともあるかもしれない。承認欲求の低い山崎だから、監察隊に引き抜いたのだが。

上手く折り合いをつけられない馬鹿ばかりだが、それがコイツらのいいところだと錦は評価している。



「…幕府とか、



国とか、地球とか、

そんなもの私にとってはどうでもいいことだよ。


ただ私は、この刀の届く範囲にいる大事なものは、守り通したいだけだよ」




「…頭はいったい、何を守ったって言うんですか…?」


「ん?


すぐに分かるよ」


にっこり笑う錦に狐につままれたような顔をする隊士達だったが、追求の手は急に開けられた障子に阻まれた。


「オッ!起きたか錦!」

「心配をかけたね、腕は大丈夫?」

「ハッハッハ!俺もお前も、これっぽっちじゃなんともないさ!」


ガハハハハと大口開けて笑う近藤が、陰鬱とした空気を吹き飛ばしてくれた。
彼自身無自覚なこの性分が、彼が局長たる最たる所以である。


「十四郎と総悟は?」

「ん?ここにいないなら表じゃないか?」


近藤と話しながら布団から起き上がる錦に、隊士達があわあわし始める。


「そろそろ今日一番の山場だ、」


そう錦が言うと、表から叫び声が聞こえ、にわかに騒がしくなった。
表に出ると、攘夷浪士たちと、対峙する隊士たち、そして何がどうしてそうなったのか追求したくない禽夜の磔刑姿があった。


「まったく喧嘩っ早いんだから」

「「!」」

「トシと総悟に遅れをとるな!



バカガエルを護れェェェェ!!!!!」




かくして始まった乱闘は、無事真選組の勝利となった。
攘夷浪士たちは皆すべて縄にかけられ捕縛され、連行されようとしている。

その傍で丸太から降ろされている禽夜が癇癪を起こして好き放題叫んでいる。

口汚く真選組も攘夷浪士もこき下ろして罵る禽夜に、隊士たちの誰かが舌打ちをした。


「皆殺してしまえ!!!この役立たずの猿共めが!なんのために今日ここに…」

「さァ、なにを勘違いしていらっしゃるのか知りませんが、このためですよ」


膝をつき狂ったように叫ぶ蝦蟇頭に、影が落ちる。
頭をあげると、そこには監察方頭領ーー古見錦が自分を見下ろして、いや、見下して立っていた。

冷ややかな瞳に、凍りついたように身体が動かない。

いつのまにか音もなく自分を隊士達が囲んでいた。



「屋敷内の一角から大量に見つかったこれについてと、


春雨一派、陀絡との関係について、


お伺いしまししょうか、禽夜殿」



見えるよう掲げられた右手には、白い粉と写真がーーー陀絡と一緒に写る写真があった。


「な、な、あ、」

「国も幕府もどうでもいいが」

「なぜお前がそれを、」

「だが私にも譲れないものはある。

掲げた刀の信念をコイツらから奪おうとするなら、
たとえ幕府の要人だろうと、
どっかの星のお偉いさんだろうと


叩っ斬る」

「それ、は、船内の、」



「残念だったな、アンタの敗因は私の刀の届く範囲にいたことだ。



せいぜい生き地獄を味わえ」



押さえつけられキツく縄を閉められる。
手首に感じる手錠の冷たさをどこか遠くに感じた。

終わりだ、なにもかも。禽夜は目の前が真っ暗になったように感じた。
乱暴に立たされ、パトカーにまで歩かされている最中も、呆然としたままだった。



「頭ァ〜〜!俺ァ一生アンタについていくよー!!!」

「さっすがだぜェ〜!」

「証拠あったんなら言ってくださいよォ!」



喜び勇み駆け寄ってくる隊士達に曖昧な笑みを返すが、証拠は夜討ちの直前に監察方の部下にどうにかさせたことは、どうでもいいことだ。



「まだ仕事は残ってるんだから、最後まで気を抜くなよ。




お前たちは馬鹿だけど、馬鹿なりに刀とともに掲げた信念は間違っちゃいない。


お前たちは何も考えずに刀振るって仕事していればいい。
お前たちと、お前たちの信念を守るのが私の仕事だ」



それじゃあおやすみ。
感涙に顔を濡らして敬礼する隊士たちに少々ぶっきらぼうにそう言って立ち去る。


その場を離れると錦はどっと疲れに身体を襲われる感覚を覚えた。
がくんと身体が重くなる。

見越したように土方が自分の上着を掛けてくれ、肩を支えてくれた。
そういえば少し寒いような気もする。
ぐっと抱き寄せられるように支えられて力が強すぎて傷が痛いが、黙ってパトカーまで歩いた。

土方と並んで後部座席に乗り込んで、ドアを開閉してくれた沖田が運転席についた。
やっと深く息を吸い込んだ。少しだけ気をぬくことを許してほしい。

変わらず肩を支えてくれる相方に甘えて、瞳を閉じる。


今日のような日くらい、ゆっくりと眠りにつきたい。


街灯やネオンが視界の端に流れる様子を記憶の最後に、錦は眠りについた。