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「え??なに? 斬るゥ?」


きょとんとした顔で錦の顔を見上げる近藤。


「そう。どうにも最近隊士たちがピリピリしてて通常業務どころじゃないからさっさと終わらせたいみたい」


アイツらいろんなこと同時に出来ないでしょ?バカだから。
そう言う錦に確かにと笑ってしまった。
影になった路地裏には通りのざわめきが別世界のように聞こえる。


「さっき少し外回りした時にそう言ってた」


3人で外に出た時に、そうすることにしたと既に決定事項として話す土方の目には、隊士たちのためというよりも私情の方が濃く浮かんでいるような気がした。


「ハッハッハッハ!トシも大概血気盛んだなァ!」

「ほんと、皆似たり寄ったりなんだから」


そんな土方を沖田に任せて近藤の元に来たのは、隊士たちから近藤さんが1人で見廻り行っちまいました!と連絡があったからである。
昨日の今日でその“お妙さん”やら“白髪の侍”のところに行かれては面目もメンツも立たないというもの。
そこで2人と別れ、街中で近藤と合流したのである。


「錦、俺は納得してんだ」


すり寄ってくる野良猫の喉元を撫でてやりながら、近藤は言う。


「綺麗じゃねェが、俺には汚れても見えねェんだ。

こっちの事情や感情なんて、アイツは知ったこっちゃねェって腹づもりなのさ」

「………」

「アイツはアイツのやり方で、アイツの領分で落とし前つけたんだ。俺は、嫌いじゃねェ」


錦は、そう言う近藤の柔らかい笑みと、気持ち良さそうな猫を、静かに見ていた。




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「あれ、総悟」


呼び掛けた声にススキ色の髪が揺れた。


「おう錦、近藤さん。
いいとこに来やしたねィ」

「ン?なんだいいとこって」


いない土方のことも聞きながら近づくと、まァ付いてきて下せェと背中を向け、すぐ近くのビルに入って行った。
致し方なく付いていくと、エレベーターを呼んでいた沖田がこっちでさァと手をあげてくる。大きくないビルなので、比較的小さななエレベーターだ。

沖田が5のボタンを押す。


「なんだなんだ、いったい何しようってんだ総悟」

「いたんですよ、“白髪の侍”」


近藤の問いに淡々と答える沖田に、思わず2人のえ?という声が重なる。
沖田は階数のランプを見上げながら、先ほど土方と2人で歩いていたところにたまたまそれらしき人物と出会ったと続けた。


「おいおいホントに本人なのか?」

「死んだ魚のような目をした男でしたぜ」

「本人だ」


間髪入れずに断言した近藤になおも沖田は言い募る。


「例の池田屋の爆弾犯でさァ」


まぁシロだったらしいですがね。


ここで初めて知った事実に、なにっアイツあの池田屋の事件の奴だったのか!!!オイオイ変なのと縁があるもんだとひとりごちながらエレベーターを降りていく近藤の後ろに続く錦を、ちらりと見る。

いつもとおんなじような気もするが、考え事をしているようにも見える。
明け透けにも見えるし、何か隠しているようにも見える表情だ。


あの時、前科者を近づけさせて面倒臭い事にさせたくないと記憶喪失を免罪符にあの男を跳ね除けたが、当の錦はどうだったのか、今更確かめたくなった。



もしかしたら懐かしさを感じたかもしれない。
違和感みたいなのかあったかもしれない。
思い出したことがあるかもしれない。
もしかしたら。



ただ錦は言おうとしないし、聞いたところで自分たちに、真選組に変化はないので、沖田は結局聞かず終いにしたのだ。
そして今回も。


屋根を伝って街並みを見下ろせるように歩くと、見下ろすひとつの屋根に、真っ白の男と真っ黒な男が見える。ここならうっすらとだが声も拾えるだろう。
真っ黒な男は抜刀している。


「おーおーうちの副長様は怖いなァ」

「いいんですかィ近藤さん、そんな呑気で。
土方さんだって血液マヨネーズで出来てる男とは言え真選組-ウチ-の副長張る男ですぜ」


茶化すように横槍を入れる沖田に、近藤は慌てることなく「まぁ見てろ」と返す。
錦は首を挟むこともなく、笑うこともなく、男を見ていた。
襲われてなお抜刀しない、真っ白な男を。






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「爆弾処理の次は屋根の修理か?
節操のねェ野郎だ。

一体何がしてーんだてめェは」


先ほど屋根の下で一言二言交わした男(仮定多串くん)ここまで自分を追いかけてきたようだった。
しかし後ろから投げかけられた言葉には思い当たる節があった。


「爆弾!?あ…お前あん時の、」

「やっと思い出したか」


屋根をこちらに登って来ながら、男は自分から一瞬たりとも目線を外さない。


「あれ以来どうにもお前のことがひっかかってた。

あんな無茶する奴ァウチにもいないんでね。




それにお前、あのあと錦ナンパしてたそうじゃねーか」

「!」



「あの野郎わずか数日で人のこと忘れやがって」

「全くでさァ。こっちは忘れたくても忘れられねェってのに。
錦と会わせりゃ思い出すんじゃねェですかね」

「あ?…そりゃどういうこった」

「あれ?聞いてねェんですかィ。
どうやらあの男、昔の錦を知ってるみたいなんでさァ。


必死に錦の側に行こうとしてやしたぜ」





「…フン。
近藤さんを負かす奴がいるなんざ信じられなかったがてめーならありえない話でもねェ」

「近藤さん?」


錦を引き合いに出され思わず身体が身構えたが、そのことだけで話題は次に移ったので心なしか肩の力が抜ける。
引き合いに出された錦のことを頭の片隅で考えながら、近藤とやらを記憶から探してみる。



「女とり合った仲なんだろ。

錦にちょっかい出したすぐ後に別たァ、ソイツそんなにイイ女なのか」

「?」


同時に投げられた刀にも問いも訳がわからない。
にも関わらず目の前の名前も知らない男はさらに話を進めてくる。「俺にも紹介してくれよ」。


「お前あのゴリラの知り合いかよ。
…にしてもなんの真似だこりゃ…

!!!」


ーーーガキィィィンッ


いきなり斬り込んできた男の刀が突風をまとったように襲いかかってくる。受け止めるだけが精一杯の銀時は、大棟を超えて屋根の上を派手に弾みながらすっとんきょうな声と一緒に転がり落ちる。


「何しやがんだ てめェ」


銀時の文句など歯牙にもかけず、男が携えた刀を持ち上げながら言う。


「ゴリラだろーが、記憶喪失になってよーが、

オレたち真選組にとっちゃどっちも大事な大将なんだよ。


剣一本で一緒に真選組つくりあげてきた、
俺の戦友なんだよ。


誰にも俺達の真選組は汚させねェ。


その道を遮るものがあるならばこいつで………」



ーーー叩き斬るのみよォ!!!!




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「…フフ、面白ェお人だ。

俺も一戦交えたくなりましたぜ」


「やめとけ、お前でもキツいぞ総悟」


見下ろす屋根の上では決着をつけた銀髪の男が、左肩を抑えながら屋根を下っている。
逆袈裟斬りにされた傷からは血が止まっていないように見えるが男は平然としている。


「アイツは目の前で刃を合わせていても、全然別のところで勝手に戦ってるよーな男なんだよ。


勝ちも負けも 浄も不浄も 越えたところでな」

「………」


二人共、依然として黙ったまま下を見やる錦には何も振らなかったが、
近藤の言葉に沖田が


「なんだか錦みてーだ」


と言うと、錦は、まるで長い冬眠から覚めたように、ほんとうに、ゆっくりと瞬きをした。




近藤が、そうだな俺もそう思ってた!と言って笑う声が風に乗って行った。