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池田屋の一件から数日経った。
真選組では桂一派を取り逃がした手前、あっけらかんと過ごすわけにもいかず。見廻り等々を強化していたが、それも体裁を保つ大義名分であり、内実は通常執務に戻っていた。

外で潜入任務等が多く屯所を開けがちの錦も、表向きそういうことにしておくため屯所に詰める日々を送っていた。


「錦〜〜外回り行きやしょうぜ」


談話室で隊士たちと茶を飲んでいると、沖田がひょっこり顔を出した。


「いいよ、行こうか」

「団子食いやしょう団子。あの一丁目の先の」


ジャケットを掴んで立ち上がる錦を誘う沖田の言葉に、タバコに火をつけていた土方の眉がピクリと反応した。


「オーイ総悟オメー巡回をなんだと思ってんだ」

「散歩」

「ふざけんなァァア!!!ルート決めてあんだろプラプラしてんじゃねェ!つーか一丁目の先の団子屋って四谷じゃねーか!!団子食べにいくのにどこまで行く気だ!」


つーかさっきの稽古の時お前途中からどこ行ってたんだ!
ダムが決壊したように轟々と怒る土方に、耳に指を突っ込んで沖田が言い返す。


「あーうるせえ。そんなに土方さんも団子が食いてえならそう言いなせェよ買ってくっから」

「ちっげーよお前の勤務態度の話をして…」

「あっさては嫉妬ですかィ?久々に錦が屯所にいるからって浮かれちゃいけねーぜ土方さん」

「そりゃテメーだろうが!!」



「あーーーもう分かったから、十四郎も行けばいいだろ?」


錦が投げやりに言った言葉に土方がいや…と言い淀むがホラ立ってと間髪入れずに被せる。その隙に椅子の背にかけてあった彼のジャケットを持ち上げ、ホラとそれを広げて着用を促すと、土方は苦々しい顔で立ち上がった。


「あのなぁ俺もお前も総悟も揃って屯所にいねーんじゃいざっつーときに…」

「はいはいはいはい大丈夫大丈夫」


土方の腕にジャケットを通してやりながら受け流すと、さっ行こうとそのまま背中を軽く押しながら歩き始める。釈然としない顔で押される土方だったが、結局2人に付き合うことになるのだった。



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歌舞伎町を抜け、四谷まで道行く人々の色眼鏡に晒されたり年頃の女子に男前3人衆だとキャーキャー持て囃されながら歩いた後。
団子屋で会計を誰が払うかで言い争った(主に2人が)末、結局錦の「経費で落とそ」の一言で丸く収めたのも束の間。
帰りの道すがら渾渾と説教を垂れる土方の目を盗み、いつのまにかいなくなっていた沖田にまた土方がまた頭に血を登らせるのを、錦がまあまあ、と宥めていた。


「だいたいオメェアイツがどっか行くの気付いてたろ!」

「さぁ〜」


とぼける錦にぜってー気付いてたぜってー俺に黙ってたとぶつくさ言う土方をサラリと無視し、錦があれ、と声を出した。


「なんか人集まってない?」

「あ?」


人がこぞって橋の下を見ている。喧嘩だろうか。

何だ?と言いながら土方も下を覗き込もうとすると、欄干から身を乗り出してた野次馬の1人が振り返った。


「女取り合って決闘らしいでさァ」

「女だァ??」

「なにをこの時分に酔狂な……」


くだらねェと切り捨てた土方と一緒に欄干から河原を見下ろせば。


「「あ」」


「近藤局長……」


まさしく2人の上司が伸びていたのだった。




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「近藤くんソレほんと大丈夫なの?」

「へ〜きへ〜き!!ぜ〜〜んぜん痛くないモ〜ン」

「いやも〜んて言われても」


ていうか大丈夫かって近藤くんのことじゃないけど。他の問題のことだけど。
そう言った錦のセリフはどうやら彼の耳には届いてなかったらしく、何度も何度も聞かされている話をまた始めていた。
昨日土方と2人、部下を車両込みで呼びつけ連れ帰って来た時からずっとこの調子だ。頭にはもともと障害を持っているからどこを打ち付けていようとかまやしないが、刀を持つ腕に大事がなくてよかったと思う。
顔はまぁ男前が上がったよ、傷は男の勲章だしねと言うと、ニコニコ嬉しそうにする近藤なのであった。


「スゲーんだよ…ほんとに一瞬で包み込まれたような感覚だったんだ……菩薩に……」

「ハイハイ包み込まれたのね、尻がね」

「イヤ違うから。ケツ毛の話はしたけどそーいう話じゃねーから」

「ハイハイ尻が包み込まれたんだよね、ボサボサのケツ毛にね」

「イヤもうそれ全然違う話ィィィイーー!!」


ボサボサじゃなくて菩薩!もうちゃんと聞いてよ〜!と子供のように地団駄踏む近藤に、聞いてるよ昨日から4回ねと返す。無邪気が彼のいいところだ。許せるかどうかは別として。


「錦もお妙さんに会ったら分かるってェ〜!ネッ今夜すまいる行こうよぉ〜!」

「行きません」

「ハッいやちょっと待てよ……今までの流れから言うとお妙さんも錦に揺れてしまうんじゃ…それはまずい……スマン錦やっぱり俺1人で…」

「最初から行くなんて言ってないでしょ」

「なんでだよ行こうよぉ〜〜!」

「連れて行きたいのか行きたくないのかどっちなの」


喋りが絶好調だし腫れが大きいしでせっかく貼り直したガーゼが取れるんじゃないだろうか。顔だったしまだ日の登っている午前なので刺激の弱い薬を塗ったが、この調子であればいらなかったかもしれない。
氷水被せた方が効いたかなぁ、いろいろ。と思案する錦だった。

近藤の部屋からやっと会議室にたどり着くと、中はいつも通り会議をしているとは思えない煩さであった。
こういうのはだいたい土方が激昂しているときだ。
なんだかんだ土方が一番煩いのは本人は知らなくていい事である。


「ウィース!おお、いつになく白熱した会議だな」


襖から現れた左右非対称になった近藤の顔に注がれる視線といったらなかった。
近藤の肩越しに山崎に抜刀している土方と目があって、揃って小さくため息を出る。


近藤の腫れた頬を見て隊士たちが騒ぎながら詰め寄ってくるのをよそに、錦は部屋を離れる。土方からアイコンタクトと顎だけのジェスチャーで、「場所を移そう」と合図されたからだ。


無言でその場を離れた錦と、ワンテンポ遅れて会議室から出てきた土方が、玄関に向かって2回目の角で落ち合う。角で待っていた錦と落ち合った土方は、見廻り行くぞの一言で抜かしていってしまう。
あんまり所内でしたくない話らしい。

ブーツを履いて門を潜ろうとした時、土方が聞きたくなかった声に引き止められた。


「ど〜〜こに行くんですかィ? 2人してこそこそして」

「……総悟…」

「見廻りですかィ?俺も付き合いまさァ」


さっき隊士たちに近藤の話を横流しされたこともあり、今連れて行きたくはなかった。が、言って聞く部下ではないことは自分が一番知っていたので、土方はため息ひとつ落として受け入れるしかなかった。