紅色の時計職人





目の前で、周りのお客さんよりも一際大きい器に盛られた天丼を「美味い。美味い」と口にしながら食べている煉獄さんのことが、甚だ以て疑問だった。

「あの」
「なんだ!」

伸びやかな大声に店中の人の視線が集まる。女将さんだけはもう慣れたものらしくにこにこと笑みを浮かばせている正午過ぎ、毎度不思議に思っていたことを私はついに問い掛けてみた。

「煉獄さんは、悲しくないのですか?」

煉獄さんの下に弟子入りをした私は、日々稽古に励んでいた。私と入れ替わるように煉獄さんの下を離れた甘露寺さんが約半年で最終選別を突破したと聞いた時は、自分の才能の無さに打ち拉がれたりはしたのだが『君と甘露寺は違う。勿論、俺と君も違う、君にしかできないことだってある』と背中を押されながら汗を流す毎日を送っていた。
そんな毎日に、定期的にと言っていいほどにその報せは頭上から降ってくる。仲間の訃報だ。庭で稽古をつけてもらっている時に聞く名前は、煉獄さんに関わりのあった隊士なのだろう。けれどいつもいつも煉獄さんは、仲間の訃報を受けても、その時だけ、どこか一点を見つめ言葉を発さないまま、それから、私へ『続けよう』と一言発するのだ。
鍛錬が終わり、少し時間に余裕ができたところで安らかに眠る仲間の元へ花を送りに行く煉獄さんへは、間接的ではあるが私の仲間ということには変わらず、いつも私も付いて行っていた。その度、帰りにこうして行きつけだと話す天麩羅屋でサクサクとお腹を満たしていた。

「そう見えるか?」
「……はい」

仲間を失ってしまったというのに。もう二度と、肩を組みながら喜び合うことも語らうことも、会うことすらできないのに、墓参りをした後の煉獄さんは、言葉通り美味しそうに盛りに盛られたさつまいもの天麩羅を頬張る。
後から省みれば、存外無神経な質問だったと思うけど、その時の私には、ただひたすらに美味しいものを食べて幸せそうな煉獄さんしか映っていなかった。
控え目に頷いた私に、煉獄さんは食べる手を止め、穏やかに笑った。

「なら良かった」
「はい……?」

顔を顰め、更に首を傾げる私に、その後もよくわからないことを話してから、「さあ食べよう!」と私の器にまでさつまいもの天麩羅を盛り盛りにされた。煉獄さんのことは、よくわからないままだった。
けれど、

「やったな、おめでとう」

私も最終選別に生き残り日輪刀を手に入れ、刀が赤く染まるのを目にするようになった頃には、私に笑いかける彼に、私も気付けば刀と同じ色に染まってしまっていた。

「好きなの!?キャーっ!」
「声が大きいです!」

まるで自分のことのように赤面しながら、私と同じ羽織を身に纏い三つ編みを揺らす甘露寺さんへ口元に人差し指を立てた。
歳は五つも離れているし、煉獄さんが私をそういう目で見ることは一切ない。あくまでも師弟関係であることは承知の上だったけれど、時折煉獄家へ訪れる甘露寺さんへ打ち明けてみればそれ以来、やれ化粧だやれ着物だと、随分と太鼓判を押されてしまった。けど、煉獄さんは私の気持ちには気付かない。

「随分と甘露寺に吹き込まれているな」

これは甘露寺さんが選んでくれた紅で、こっちは私にきっと似合うと言ってくれた羽織で……と、嬉々として煉獄さんへ伝えていると、呆れたように笑う煉獄さん。もしかしたら、気付いていたのかもしれない。つまりは、そういうことなのだけれど。でも、だからこそ、そんな煉獄さんに益々惹かれてしまっていた。
私の世界は、いつの間にかに彼の色で染められていった。


「なまえ」

辺りが橙に包まれる夕暮れ時、慣れ親しんだ町を歩いていると声を掛けられる。晴れやかな声に振り向くと、近頃知り合ったばかりの炭治郎だった。この辺りで任務があったのだろうか。特徴的な耳飾りをカラコロと鳴らしながら私の元まで歩み寄る。

「千寿郎くんが、なまえは町に行ったって話していたから」
「何か用事だった?」
「うん!美味しいものを食べに行こうと思って」

どうやらこの辺りで任務があったわけでもなんでもなく、炭治郎は私のことを探していたらしい。頬を柔らげる炭治郎に疑問を持ちつつも、私もふらふらと町へ赴いただけで、夕食もどうするかは決めていなかったから折角の誘いであるし頷いた。

「炭治郎は何が好きなの?」

日は沈みかけでも大きい町だから、店が立ち並ぶ通りには人で溢れている。稽古をしていて、刀が空気を斬る音以外何も聞こえない時よりも、雑多な音が其処彼処から耳に入るこっちの方が落ち着く気がしていた。
食事処は沢山ある。定食屋も、蕎麦屋も、鰻屋も、何か好きなものがあれば間違いなくありつけるだろう。隣を歩く炭治郎へ尋ねてみれば、間髪入れずに答えが返ってきた。

「たらの芽の天麩羅!」

心臓が、どくりと音を立てた。
にこりと好物を口にした炭治郎の傍らで、その場に立ち止まる。
何か、私を内側から壊してしまうものに襲われてしまうような、そんな感覚が押し寄せてくる。

「なまえ?」
「、あ、なんでもない。美味しい天婦羅さんがあるんだよ」

心配そうに眉を下げながら私の顔を覗く炭治郎に我に返る。私もさっきの炭治郎と同じように笑って、いつも訪れていた天婦羅屋の暖簾を潜った。たらの芽の天麩羅なら、丁度時期だから天婦羅屋なら間違いなくあるだろう。
いつものように店へ入ると、今日も髪を綺麗に纏め上げた女将さんが私を目にしてまあ、と目尻を下げながら口元に手をあてる。……冷やかされそうだ。

「なまえちゃん、今日は杏寿郎くんが一緒じゃないのね。やだ恋人?なまえちゃんは杏寿郎くんが好きなのかと思ってたわ」

天婦羅を食べている時に度々感じていたこの人からの視線は、ただ煉獄さんを自分の子供のように思っている視線かと思っていたけれど、そういう目でもあったらしい。甘露寺さんと同じような類の人だと悟りつつ、私の気持ちは行きつけの天麩羅屋の女将さんにまで筒抜けだったのかと思うと今更恥ずかしくなってきてしまう。

「好きですよ」

隣に炭治郎がいたとしても、気持ちを隠す必要はない。素直に頷けば、女将さんは頬を綻ばせる。

「また一緒にいらっしゃいね。ずっと待ってるのよ、最近顔を見ていなかったから心配で」
「煉獄さん、すごく忙しくて」

私たちと違って、煉獄さんは柱だから、常日頃行動を共にすることができるわけではない。それに加え、私も階級が上がれば煉獄さんとは別に救援要請がくる。だから、最近は私も会えていないけれど、煉獄さんは私のことを強い子だと言ってくれたから、一人でも頑張れている。

「そう、落ち着いたら食べにいらっしゃいって伝えておいてくれるかしら?」
「はい!」
「…………」

入り口の前で立ち止まっていたままだった私たちを席へと案内する女将さんについて行く。こちらへどうぞ、と引かれた椅子に腰掛けお品書きを眺める。やっぱり、季節限定とでかでかと目立つようにたらの芽の天麩羅が仕入れてあることが記されていた。

「私もたらの芽の天麩羅にしようかな」
「いつもは、何を食べてるんだ?」
「さつまいもの天麩羅。煉獄さんが食べろっていつも私の器に載せるの。食べ切れなくて結局煉獄さんが食べるんだけどね」
「そうなんだ」
「また煉獄さんと来なきゃ」

ずらりと他にも気になる品は沢山あるのだけれど、結局いつも同じものを頼む。普通の天麩羅定食に、さつまいもの天婦羅を追加で、と煉獄さんが嬉々として頼んでいたから、同じものを食べたいと私もずっと一緒にそれを食べていた。味は変わらないはずなのに、日を重ねるごとにどんどん美味しくなって、仕入れ先を変えたのか、なんて女将さんに聞いたことがある。今思えばそれが女将さんに私の思いが筒抜けになってしまった所以な気がしなくもない。

「……なあ、なまえ」
「ん?」

女将さんへいつもとは違うものを注文した後で、揚げたての天麩羅が目の前に運ばれてくるのを楽しみに待っていると、様子を伺うように炭治郎が私を呼んだ。
頬杖をつきながら向かいに座る炭治郎を見れば、言いにくそうに視線を泳がせ、口をまごつかせている。
意を決して、私へ伝えることに踏ん切りがついたのか店中を映し出していた瞳の奥が私へと変わった。炭治郎の方がピクリと揺れる。
その瞳の中の私は、自分でも驚くほどの大層な笑顔だった。

「……あ、えっと、」
「……」
「楽しみだな!」
「うん、すぐ来るよ」

美味しいな、と、零しながら食べる炭治郎にも、このお店を知ってもらえて良かった。美味しいものは、誰かと、好きな人と食べると一層美味しく感じる。だから今度は煉獄さんを含めて三人でも、甘露寺さんを誘って四人でも食べに行きたいと思った。
一つだけ入っていたさつまいもの天麩羅が、いつもと違う味がしたのは、今日こそ仕入れ先が変わったからだろう。絶対にそうだと決めつけて、女将さんに聞いたりはしなかった。

「食べたね〜」

店を出た時には、温かな色に包まれていた辺りはもう薄暗くなっていた。帰路へ就きながらぐう、と伸びをして空を見上げると、一番星が煌めいていた。小道に広がる田畑からは虫の鳴き声も聞こえてくる。何もない平穏な毎日は誰もが望んでいるはずなのに、なぜだか私はじっとしていられずに、むしろ、鎹鴉が鳴くのを待っている節があった。
だから今、漸く頭上で鳴いた鎹鴉の報せに動いた私の反応速度は、きっと、きっと煉獄さんが見ていたならば褒めて貰えるだろう。

「なまえ!なまえダメだ!」

鎹鴉を追い、一目散に鬼の元へと駆け付けた。周りの声なんて聞こえなかった。いや、聞こえないフリをした。罠が仕掛けられていることにも気付かずに、薄気味悪く笑みを浮かばせる鬼の頸を狙い地面を蹴った。
斬れる、そう思った矢先に視界の端から突如現れた獣のような生き物の牙が、私に向かってくる。防ぐことはできたかもしれない。でも、どこか私はそれでいいと、戦うことを諦めてしまった。

「──ヒノカミ神楽、」

気力を失い、瞼を閉じた私の側で聞こえた声、技を繰り出す音。憐れに喚く鬼の声。炭治郎のお陰か、命を落とすことを免れた私は体制を崩したまま草叢に身体を叩きつけた。
次に瞼を開けた時、一つしか技を出していないはずの炭治郎が今にも倒れ込みそうに息を切らしながらも、重い足取りで私の方へと歩み寄っていた。その表情に、私の知る炭治郎はいない。

「何、考えてるんだ……」
「…………」
「もう、もういい加減、目を、覚ませ……っ、煉獄さんは、」
「やだ、やめてよ」

その場に座り込んでいる私の目の前で、炭治郎は一つ呼吸をするのにも苦しそうにしている。けれども、私が言葉にされたくないことを声に出してしまいそうで、心配をするどころではなくなってしまった。
私を、煉獄さんを慕っていた私を生かしたのであれば、そんなこと口にしないでほしい。突きつけないでほしい。

「煉獄さんは、」
「やめて!」
「もういない!!」

聞きたくない、耳にしたくないと両手を耳で塞いだ私の手を炭治郎が掴み離した。ハッキリと届いたその言葉に、今まで見ないフリをして、心の奥底に沈め込んでいた感情が私を巡る。
どうでもよかった。彼がいない世界なんて、どうだってよかったのだ。もう私に彩りを与えてくれた世界はない。もう良かった。彼の元へ生きたい。黄泉の国で怒られたって構わない。それでも、そばにいたかった。

「君だって、今までっ沢山煉獄さんに……、助けて貰ったんだろうっ!その命を、粗末にするな!」
「……っ、炭治郎に、私の、何がわかっ、……」

唇から血の味がする。炭治郎の言葉に顔を上げると、その大きな瞳からは涙が溢れていて、私の頬へぽたりと落ちてきた。

「わからないよ」
「…………」
「煉獄さんの言葉を聞いて尚、命を落とそうとするなんて、わからないよ!」

葬儀には立ち会わなかった。立ち会いたくなかった。けど、炭治郎が私に伝えに来た煉獄さんの最期の言葉は、私の中に浸透した。
『君は強い子だ』と、そう言い遺された。だから、私は強くいなければいけない。でもそれには、失ってしまったものが大きすぎた。だから、彼はいなくなったわけではないと、時間を止めて、偽物の世界を映し出していた。

「もう、いない人が……、ハァ……っ、今の君を見て、何を思うかも、わからない」
「……」
「でも、あの時の煉獄さんは、……君に後を追って欲しい、だなんて、そんなことを思っている最期じゃなかった。……それだけは、絶対だ」

耳を塞ぎ込もうとした私の手首を掴んでいた手のひらが、ギュッと私の手を握り締める。私と同じように炭治郎もその場に座り込む。目線を私に合わせて、涙で滲む瞳は、私のように偽物を映し出していなかった。

「煉獄さんは、誰一人として、死なせたくないんだ。生きていてほしいんだ。……笑っていて、ほしいんだ」



−−俺たちは、耐え忍ぶしかない。悲しくとも、寂しくとも、いつか心から笑える日が来るように、彼らの分まで



私が煉獄さんへ、無神経な質問をしたあの日。じゃあ、やっぱり悲しいのではないかとよくわからないまま、ずっとそのままにしていた言葉。

「それは、なまえが一番わかってるだろう?ずっとそばで見てきたんだろう?」

今なら、よくわかる。痛いほどにわかる。心から笑える日が来ることを望んだ彼らは、私たちを悲しませたくていなくなってしまったわけじゃない。悲しくても寂しくても、時は流れていく。だったら、この空のどこかで見守っている彼らが心配をしないように、ほんの小さな幸せでもそれを噛み締めて生きていくしかない。
堪えてきたものが溢れ、視界が滲む。頬に伝うそれがぼたぼたと隊服を濡らしていった。

「寂しい、」
「……」
「辛い、寂しいよ……っ!」

初めて、心から、私は煉獄さんの死に向き合った。悲しいと思うことすら拒絶していた。受け入れられなかった。

「進もう、前へ。一緒に」

私は強くなかった。弱かった。一人じゃ、進めなかった。
子供のように泣きじゃくっていると、日だまりのような温かさに包み込まれた。









──君は強い子だと、伝えてほしい。……様子が可笑しそうだったら、美味しいものでも、一緒に食べに行ってやってくれないか


煉獄さんがなまえに伝えてほしいと話していた言葉をそのままなまえへ伝えた時、表面上の様子は可笑しくはなかった。ただ、狼狽える様子も涙を流すこともない。師である人の最期の言葉を聞いた時というのには、あまりにも“普通”であって、違和感を感じてしまった。
煉獄さんはきっと、わかっていたのだろう。なまえがどういう子で、もし、自分がいなくなればどうなってしまうのか。

「ねえ、炭治郎くん」

久しぶりになまえと甘露寺さんと訪れた煉獄さんの屋敷。千寿郎くんも一緒に一頻りみんなで雑談を交えた後に、なまえが煉獄さんと話したいことがある、と切り出した為、二人にさせていた。
その間に夕食の準備をしよう、と慣れたように千寿郎くんと厨房に並ぶ甘露寺さんに名前を呼ばれる。お米を炊くなら任せてください、と俺も準備に取り掛かろうとしていた手を止めた。

「なまえちゃんが言ってたんだけどね」
「はい」
「炭治郎くんって、煉獄さんに言われたからいつもなまえちゃんといるの?」

サーっと、手にしていた米粒が指の隙間から零れ落ちる。

「……えっ……いや、」
「……その反応は!そうなのね!!炭治郎くんもなまえちゃんのこと、」
「こっ声!声が大きいです!」

なまえがいる部屋は、ここからそれほど遠くない。愉しそうにする甘露寺さんの声を遮った。
なまえが煉獄さんのことを受け入れたあの日から、時間さえあれば俺はなまえのことが気になって鴉を飛ばしたり会ったりしていたけれど、『もう大丈夫だよ』なんて困ったように笑うなまえに、俺はその時はもう、気にかけるとか心配だとか、それとは違った感情を持ち合わせていた。
もう、煉獄さんのことを思い出す時は笑顔でいられるようになって、なまえとも普通の友達のように接するようになってしばらく経った後、そういえば煉獄さんは、“君は強い子だ”の他にも俺にこう言い残していたんだ、となまえに話したことがある。
俺としては、煉獄さんが彼女に残した全てを話したかった、というだけであったのだが、もし彼女がそれを違う意味で捉えているのであれば、それは撤回しなければならない。……というかさっき、俺“も”って、言っただろうか。薄々気付いてはいたけれど。

「そっかそっか、よかった、ふふ」
「兄上もきっと喜びます」
「千寿郎くんまで……」

千寿郎くんも甘露寺さんも、煉獄さんがどれだけなまえのことを思っていたか、大事にしていたかを知っているのだろう。その二人から肯定されてしまうと嬉しい反面身近すぎてかなり恥ずかしくもあるのだが、だったら俺も煉獄さんのように、いや、それ以上になまえのことを大事にしたい。

「さ、お夕飯何にしようかしら!お芋沢山あるから、さつまいもの天麩羅にしようかしら」
「いいですね!なまえもよく美味しいって食べてますし」
「炭治郎さん、たらの芽もありますよ」
「え、ほんと、……」
「?炭治郎くん?」

ふわりと、風に乗ってなまえの匂いに混じり香ってきた。湿った匂いだった。
もしかして、あの時の様に泣いているのだろうか。悲しい時、寂しい時に、俺は彼女を一人にしたくない。一人にしてほしいかもしれない。でも、彼女といる煉獄さんは、その涙を拭うことはできない。
ちょっと見て来ます、と甘露寺さんと千寿郎くんに伝え、窓が空いて春の温かな風が入り込む屋敷の廊下を歩き、部屋の襖を開けた。

「ごめん、泣いている匂いがして」
「…………ほんとだ」

煉獄さんの前に座るなまえとすぐに目が合う。自分が涙を流していることに気付いていなかったらしい。
瞬きを繰り返して溢れるなまえの涙を指の甲で掬った。それから俺に一言お礼を告げる。

「もう、いいのか?」
「ええ、邪魔したくせに」
「それはそうなんだが……!」
「また今度言いにくるよ」

俺が思っているよりも、なまえは強い子だ。一人で立ち上がることができる。
なまえの後に続いて、煉獄さんへ会釈をしてから廊下へと出た。
もうすっかりと、憂いを断っているなまえの様子に一度厨房へ向かう足を止め、開けたままの襖から見える煉獄さんへ伝えた。煉獄さんの言った通り、なまえは強い子ですね、と。

「、わっ」

廊下の奥の厨房で、夕食の仕度を続けてくれている音が聞こえてくる。俺も今日のご馳走の為に一度戻らないと、と先を歩くなまえを追えば強い風が吹き、みっともなく前方へよろけた。

「大丈夫?ちょっと強かったね」

俺の声になまえは踵を返し心配そうにしながら俺の元に歩み寄る。
背中を、押されたような気がした。
振り返った先には、外から舞い込んだ桜の花弁が一枚、ひらひらと舞っていた。

「……炭治郎?」
「うん、大丈夫です」
「?」

俺も、もっと強くなろうと誓った。
煉獄さんのように、守りたいものを全て守れるように。

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