同じ色をしている





「アップルパイの一番美味しい所ってどこだか知ってる?」

炭治郎からの問いに、私は調理台の端に肘をついたまま大きく首を傾げた。甘い香りを放つ大きな鍋をせっせとかき混ぜながら炭治郎がふふ、と楽しそうに笑う。ここは炭治郎の実家、かまどベーカリーの工房だ。こんな風に試作品を作る彼を見つめながら、二人で他愛のないお喋りをする時間が好きだった。

調理台の上には大きな鉄板が置かれ、その更に上にはたっぷりのバターを練り混んだパイ生地がりんごフィリングの完成を今か今かと待っている。
季節のフルーツを使ったパイは炭治郎の担当だそうで、私も彼の作るアップルパイが大好きだった。そのままでも勿論美味しいけれど、トースターでほんの少しだけ温めてバニラアイスと一緒に食べるのが大好物なのだ。

それにしても先程のクイズ。アップルパイの一番美味しい所ってどこなのだろう。「りんごがいっぱい詰まった真ん中の所?」と私が答えると、炭治郎がハハハと声を出して笑った。

「ごめん。実はこれ、ちょっと意地悪なクイズなんだ」
「えっ、どういうこと?」
「一番美味しい所はアップルパイ自体にはないってこと」

うん?どういうことだろう。さらに首を傾げる私に、炭治郎がちょいちょいっと手招きをする。「こっちにおいで。鍋の中覗いてごらん」炭治郎の言う通りに鍋を覗き込むと、甘いりんごの香りの湯気が私の頬を包んだ。

鍋の中では濃い黄色の果肉がふつふつと小さな音を立てている。「どうして皮も一緒に煮るの?」と私が聞くと「赤い皮を一緒に煮ると果肉がほんのりピンク色になるんだよ」と炭治郎が教えてくれた。

「見ててね」

そう言って炭治郎はりんごの入った鍋をほんの少しだけ傾ける。ヘラを器用に使って柔らかな果肉を上へ押し上げると、鍋の底に金色の果汁が溜まった。

「正解はこれ。フィリングを作る時に出る、りんごのシロップ」
「へぇ...そんなに美味しいの?」
「すっごく美味しいんだよ。どんなに汁気を飛ばしても、こうやって鍋を傾けるとほんの少しだけ汁が残るんだ」

そう言って、炭治郎は鍋の火を止める。戸棚から“たんじろう”と名前の書かれたマグカップを取り出すと、そこに先程のりんごシロップを移した。「このままだと濃いからお湯か炭酸で割って飲むんだ。あったかいのとつめたいの、どっちがいい?」炭治郎の言葉に私は「あったかいの」と答える。

頷いた炭治郎はパチンと電気ケトルのスイッチを入れる。お湯はすぐに沸き、炭治郎は慣れた手つきでマグカップへとお湯を注いだ。「はい。俺のカップで悪いけど」と湯気を立てるマグカップをこちらへと差し出す。

「飲んでみて。絶対なまえも気に入ると思うから」

勧められるまま、私はゆっくりとマグカップに口をつける。爽やかなりんごに加え、砂糖と蜂蜜の濃厚な甘さが喉を滑っていった。ほんのりと香るシナモンも相まって、身体が内側からポカポカしてくる。「ほんとだ、美味しい!」私の言葉に、炭治郎は「そうだろう?」と得意げな顔をした。

「これはフィリングを煮た人しか堪能できないんだ。一番美味しい所は実は職人が独り占めってわけ」
「そっか。じゃあ、私たちはいつも二番目に美味しい所を食べてるんだね」
「店に出してるアップルパイだって最高に美味しいけどね」

大人気商品の企業秘密に、私たちは顔を見合わせて笑う。なんでも、炭治郎もお父さんからこのシロップの事を教えて貰ったらしい。「お前が本当に大切に想う人にしか教えてはいけないよ」と固く口止めされたそうだ。

「そんな大切なこと、私に教えて良かったの?」
「いいんだよ、なまえになら」
「ふぅん...。あーうまー。あったまるー」
「......なぁ、この意味分かってるか?」
「ん?」

今度は炭治郎が調理台に肘をつく。意味が分からず、私はマグカップを両手で抱えたまま「何の話?」と聞いた。

「俺と付き合うとアップルパイの一番美味しい所、なまえが独り占めに出来るんだけど」

どうかな、と呟く炭治郎の頬は、もぎたてのりんごと同じ色をしている。
そして、私の頬も。

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