栗よりうまい十三里
天高く馬肥ゆる秋。
杏寿郎さんの好物である、さつまいもと鯛の旬の時期がやって来た。
秋が深まりゆくにつれて美味しさも増すから、まだ少し早いかなと思いつつも杏寿郎さんの喜ぶ顔が見たくて、早速食卓に並べてしまった。
「今日は俺の好物ばかりだな!」
御膳に乗せられた鯛の塩焼きとさつまいものお味噌汁を見た杏寿郎さんは、思った通りとても喜んでくれた。
いずれも腕によりをかけた品ばかりだ。
「どうぞ召し上がれ」
「うむ、いただくとしよう!」
良家で厳しく躾られた杏寿郎さんは育ちが良い。そのことがよくわかる綺麗な箸使いで鯛の身をほぐして口に運ぶと、カッとその目が見開かれた。
「うまい!」
続けてさつまいものお味噌汁を飲む。
自分で言うのも何だが、さつまいもが甘く煮えていて、味噌と出汁の旨みと相まって会心の出来映えになっているはずだった。
「わっしょい!わっしょい!」
出ました、わっしょい。
「君は本当に料理が上手いな。こんなにうまい味噌汁は食べたことがない!」
杏寿郎さんがご機嫌だと私も嬉しい。
鬼の討伐に加え、毎日の鍛練、担当地域の見回りなど、柱である杏寿郎さんの日常は多忙を極める。
そんなこの人の役に立ちたかった。
私などに出来ることは限られているけれど、少しでも杏寿郎さんを癒してあげられたらと願わずにはいられない。
命懸けで鬼と戦っている杏寿郎さんには、せめて美味しいものをお腹いっぱい食べてほしいと、食事には常に気を遣っている。
「少し肌寒くなって参りましたね」
「日が落ちるとそうだな。身体を冷やさないように気をつけなさい」
「杏寿郎さんも」
「俺は鍛えているから大丈夫だ!」
確かにそうかもしれない。それでも心配してしまうのが妻というものなのだ。
継子だった蜜璃さんが恋の呼吸に目覚めて柱になられたので、炎の呼吸の使い手は杏寿郎さんだけになってしまった。
先代の炎柱であるお父上はご存命だが、相変わらず酒浸りの日々で、再び刀を握られることがあるかどうか。
他にも継子がいれば、こんなに不安に思うことはなかっただろう。
まだ膨らみが目立たないお腹の辺りをそろりと撫でる。
せめて、この子が無事生まれてくれるまでは。
「さて、そろそろ任務に向かわなければな!」
なんでも、とある汽車で乗客が消える事件が多発していて、既に四十人以上の人が行方不明になっているのだそうだ。
「調査に向かった隊士も全員消息を絶った。十中八九、鬼の仕業で間違いない。だから柱である俺が行くことになった」
ああ、また言えなかった。
近頃はずっとそうだった。
明け方に帰って来て食事をしたら、日課の鍛練。湯浴みをして仮眠をとったら、日が暮れる前に出立してしまう。
杏寿郎さんの生家にいた頃よりはまだこの屋敷に移ってからのほうが二人でいられる時間は増えたとは言え、やはり杏寿郎さんが忙しいことに変わりはない。
「帰って来たら、ゆっくり話そう」
私の不安を汲み取ったように杏寿郎さんが優しく言った。
「浅草や銀座に足を運んでみるのもいいだろう。君の好きな場所へ付き合うから、考えておいてくれ」
「杏寿郎さん……はい、どうかお気をつけて」
「それでは行って来る!なまえ」
途中で生家に寄ってお父上と千寿郎くんに挨拶をしてくると言って、杏寿郎さんは出かけて行った。
杏寿郎さんが帰って来たら、今度こそ話さなければ。
お腹の中にあなたの子がいますと。
杏寿郎さんの無事を願いながら、私は無意識の内にお腹に触れていた。
杏寿郎さんの好物である、さつまいもと鯛の旬の時期がやって来た。
秋が深まりゆくにつれて美味しさも増すから、まだ少し早いかなと思いつつも杏寿郎さんの喜ぶ顔が見たくて、早速食卓に並べてしまった。
「今日は俺の好物ばかりだな!」
御膳に乗せられた鯛の塩焼きとさつまいものお味噌汁を見た杏寿郎さんは、思った通りとても喜んでくれた。
いずれも腕によりをかけた品ばかりだ。
「どうぞ召し上がれ」
「うむ、いただくとしよう!」
良家で厳しく躾られた杏寿郎さんは育ちが良い。そのことがよくわかる綺麗な箸使いで鯛の身をほぐして口に運ぶと、カッとその目が見開かれた。
「うまい!」
続けてさつまいものお味噌汁を飲む。
自分で言うのも何だが、さつまいもが甘く煮えていて、味噌と出汁の旨みと相まって会心の出来映えになっているはずだった。
「わっしょい!わっしょい!」
出ました、わっしょい。
「君は本当に料理が上手いな。こんなにうまい味噌汁は食べたことがない!」
杏寿郎さんがご機嫌だと私も嬉しい。
鬼の討伐に加え、毎日の鍛練、担当地域の見回りなど、柱である杏寿郎さんの日常は多忙を極める。
そんなこの人の役に立ちたかった。
私などに出来ることは限られているけれど、少しでも杏寿郎さんを癒してあげられたらと願わずにはいられない。
命懸けで鬼と戦っている杏寿郎さんには、せめて美味しいものをお腹いっぱい食べてほしいと、食事には常に気を遣っている。
「少し肌寒くなって参りましたね」
「日が落ちるとそうだな。身体を冷やさないように気をつけなさい」
「杏寿郎さんも」
「俺は鍛えているから大丈夫だ!」
確かにそうかもしれない。それでも心配してしまうのが妻というものなのだ。
継子だった蜜璃さんが恋の呼吸に目覚めて柱になられたので、炎の呼吸の使い手は杏寿郎さんだけになってしまった。
先代の炎柱であるお父上はご存命だが、相変わらず酒浸りの日々で、再び刀を握られることがあるかどうか。
他にも継子がいれば、こんなに不安に思うことはなかっただろう。
まだ膨らみが目立たないお腹の辺りをそろりと撫でる。
せめて、この子が無事生まれてくれるまでは。
「さて、そろそろ任務に向かわなければな!」
なんでも、とある汽車で乗客が消える事件が多発していて、既に四十人以上の人が行方不明になっているのだそうだ。
「調査に向かった隊士も全員消息を絶った。十中八九、鬼の仕業で間違いない。だから柱である俺が行くことになった」
ああ、また言えなかった。
近頃はずっとそうだった。
明け方に帰って来て食事をしたら、日課の鍛練。湯浴みをして仮眠をとったら、日が暮れる前に出立してしまう。
杏寿郎さんの生家にいた頃よりはまだこの屋敷に移ってからのほうが二人でいられる時間は増えたとは言え、やはり杏寿郎さんが忙しいことに変わりはない。
「帰って来たら、ゆっくり話そう」
私の不安を汲み取ったように杏寿郎さんが優しく言った。
「浅草や銀座に足を運んでみるのもいいだろう。君の好きな場所へ付き合うから、考えておいてくれ」
「杏寿郎さん……はい、どうかお気をつけて」
「それでは行って来る!なまえ」
途中で生家に寄ってお父上と千寿郎くんに挨拶をしてくると言って、杏寿郎さんは出かけて行った。
杏寿郎さんが帰って来たら、今度こそ話さなければ。
お腹の中にあなたの子がいますと。
杏寿郎さんの無事を願いながら、私は無意識の内にお腹に触れていた。