Violet





これは、一体どうしたんでしょうか…。

自分の手を見ると、青みがかった黒色の毛と桃色の肉球が見えた。夢の中にいるのかと思うけれど、妙にリアルでどくどくと心臓がなった。

状況を振り返る。ここは極東支部の自室…で間違いない。テーブルには兄と色違いのマグカップが二つ乗っていて、ベッドも二つある。

久しぶりの帰還で、極東支部にいた知り合いに挨拶をして回って、コウタはエリナとエミールをつれてミッション中だよとからかわれて、それで…。自室に戻ってきたらユウはお出掛けしているようで、誰もいなくてそのままうとうとしてしまったらしく目が覚めて、今に至る。

ふりふりと長い尾が困ったように揺れる。ひくひくと耳が動くことに違和感があってぷるぷると頭を横に振るった。


「バースト、入るぞ」


言うが早いか、開いた扉を見ると、ソーマが入ってくるのが見えた。


「いないのか…ん?」

「にあ…」


ソーマ、呼ぼうとした声は小さな鳴き声にしかならなかった。猫?と訝しげに眉を寄せたソーマはこちらに歩いて来る。え、猫…と考える間もなく、しゃがみこんだソーマに、ぐり、と顎の下を撫でられる。


「に、やあ…っ!」


なん、でしょう、か、これは。くすぐったいとも痛いとも違う不思議な感覚に、嫌々と首をふる。


「もおっソーマ!いくらバーストたちの部屋だからって勝手に入ったら…!」

「にぃっ…」

「え、猫…? ユウとバーストが拾ってきたんでしょうか」

「おそらくな」


猫…。頭が混乱してきた。どうやら私は猫の姿になってしまっている、らしい。どうか、悪い夢なら早く…早く、さめてほしい。


「(これがアラガミ化だとしたら笑えませんよね…アラガミ化した結果が猫というのは笑うところなのかもしれませんが…)」


半分冗談を考えるくらいには余裕があるらしいことに少し落ち着く。とにもかくにも原因を考えなくては。夢なら夢で早く起きなければならないし、昨日、榊支部長から貰った飴玉が原因なら榊支部長に会いに行かなければいけない。
そこまで考えたとき、警報と共に慌ただし放送が流れ出す。


『ゴッドイーター各位に通知します。××エリアにて大型のアラガミの反応を確認。繰り返しますーー…』


「! ソーマ、ユウもバーストも出ているみたいですし私たちが行きましょう」

「ああ」


撫でていた手が離れていく。ま、待ってください。私もいかないといけないのに。自動ドアが閉まる前に隙間を何とか通り抜ける。
急いでふたりのあとを追ったものの追い付けず、そのままエレベータに乗り込んで行ってしまった。どうしましょう。部屋に戻るにもドアが開けられないわけで…。
途方に暮れていると、ひょいっと体が宙に浮く。


「っと、猫、だよな…?こんなとこでどうしたの?」


腕の中から抜け出そうと体に込めた力が抜ける。コウタ、泣きそうな自分の声はやっぱり小さな鳴き声になっただけだった。抱き抱えられたまま自室に戻る。あれ…バースト居ないね、とコウタが言って、待ってよっかとそのままソファに座る。


「にぃ…」

「ん? さっきの放送が怖かった?大丈夫だよ、俺の仲間たちが出てるから。俺も行こうとしたんだけど、ソーマとアリサに待機してろって言われてさあ。あ、ソーマもアリサもさっき言った俺の仲間なんだけど…まあ任務から帰ったばっかりだったし休めるのはありがたいよな」


コウタの手が膝の上に乗っている私の頭から背中のラインを撫でる。気持ちよくてすごく眠い。
…いつからでしょうか。お付き合いを始めたばかりの頃はそばに居ると照れくさくて落ち着かなかったのに。それがこんなにも居心地よくなったのは。
ふと、コウタの手に傷があることに気がつく。そういえば、ミッションから帰ったばかりだったはずで…。今のままでは消毒もできないけれどせめてと思いペロペロと傷をなめる。


「…さっきから思ってたんだけどさ、お前ってバーストに似てるよ」


え。頭を持ち上げてコウタをみる。


「バーストは俺の彼女さんの名前なんだけど、お前の毛の色と髪の色がそっくりだし、柔らかくって暖かくって…怪我するといっつも手当てしてくれてさ」


ぴたりと、撫でていた手が止まった。


「俺と同期なのにすんごい強くて…昔から助けられてばっかりなんだけど、たまに俺がこの子を護ってやんないとって思うんだよ」


また、撫でる手が動き出す。
先程も優しかったけれどそれ以上に優しい手の動きにゆっくりと瞼が落ちていく。


「お前にもだれか護ってくれるやつがいるのかな…そうだといいんだけどなあ…」


大丈夫。大丈夫ですよ。
私には貴方がいるから。


「手当てしてくれてありがとな」


ふわりと抱き上げられて、額にキスが落ちてくる。ううん、違うんです。お礼を言うのは私の方で…いつも、いつも、とても感謝しているんです。
目が覚めたら、絶対言いますから聞いてくださいね。




(これは、悪い夢なんかじゃなかったですね)




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